明治時代にアメリカからモース(1838年 – 1925年)という男がやってきた。
東京大学の教授となって彼は日本にダーウィンの進化論を紹介したり、大森貝塚を発掘したことで有名だ。
モースと申す
お寺で開かれていた祭りを見物して、モースはその様子をこう記す。
僧侶達は、見受ける所、大法会をやり、そして天運を授与しているらしい。すくなくとも彼等は、戸の上に張りつけて悪霊の侵入をふせぐ、小さな紙片を売っていた。
「日本その日その日 (モース エドワード・シルヴェスター)」
このアメリカ人キリスト教徒(きっと)が「悪霊」と表現したモノは、日本人が忌み嫌った疫病神のことだろう。
感染症などの病気の原因はウイルスだ。という21世紀の常識とはかけ離れた世界に住んでいた昔の日本人は、病気は疫病神が引き起こすものと信じていた。
数百年前、千年前の日本人なら、コロナウイルスの感染拡大も疫病神のしわざと思ったはず。
疫病神は日本人の恐怖や迷信が生み出した想像の産物だからいろいろな形態があって、不可視のものもいれば、こんなふうに擬人化された疫病神もいる。
武士が斬ろうとしている疫病神は50歳ほどの坊主の姿をしている。
疫病神についてくわしいことはこの記事をどーぞ。
人間にとっては恐ろしくてやっかいな存在だけど、疫病神の戦闘力はあまり高くない。
こんな魔除けの神・鍾馗(しょうき)などに駆逐されるほど。
疫病神は家に侵入してくると考えたから、昔の日本人は「悪霊の侵入をふせぐ、小さな紙片」を僧侶に求めた。
こんな信仰はいまの日本でもある。
新型コロナウイルスが大流行した昨年、こんな元三大師(がんざんだいし)のお札がお寺で配布されたというニュースを何度か見た。
この人は平安時代に実在したお坊さんで良源(りょうげん:912年-985年)という。
とこんな感じに、日本には疫病神という迷惑な悪神がいて、人びとに禍や不幸をもたらすという話を最近イギリス人とポーランド人にしてみた。
そのポーランド人はアメリカに移住して現地の大学を卒業して、いまはジョージア州に住んでいる。アメリカ国籍も持っている。
イギリス・ポーランド・アメリカの文化や信仰で、もし疫病神のような存在がいたら、それはどんなものか彼らにきいてみた。
欧米は伝統的にはキリスト教文化圏だからきっと悪魔だろう。
こんなふうに魔除けとして、鉄の蹄(ひづめ)を家の扉にぶら下げておく文化が欧米にある。
*同時にこれはラッキーアイテムでもある。
悪魔に蹄鉄を打ち付ける鍛冶屋のダンステン
これに懲りた悪魔は、この蹄鉄のある家には入らなくなったという。
日本の疫病神って、キリスト教の考え方なら悪魔でしょ。という予想は大外れ。
イギリス人とポーランド人にそれぞれ別の機会にたずねると、2人とも「それなら、Four Horsemen ですね」と言う。
4人の馬男?
調べてみたら、キリスト教に出てくるヨハネの黙示録の四騎士のことだった。
ヨハネの黙示録は聖書の最後の書で、単に「黙示録」といわれることもある。
聖書には「フォーホースメン」(Four Horsemen)と書いてあって、日本語訳としては「それ(馬)に乗っている者」や「それにまたがった者」などがあり、意訳として「ヨハネの黙示録の四騎士」ということばがよく使われる。
この4人の“者”は、ヒトか化け物か死神かちょっと得体が知れない。
ヨハネの黙示録によると小羊(キリスト)が第一の封印を解くと、白い馬に乗って弓を持った騎士(ホワイトライダー)がこの世に現れる。これは勝利、支配、戦争といった意味をあらわすようだ。
次に第二の封印が解かれると、燃えるように赤色をした馬に乗り、大きな剣を手にした騎士が現れる。
このレッドライダーは内戦、人間をあおり戦争を引き起こすとされる。
そして第三の封印が解かれると、天秤を持った者が黒い馬にまたがって登場。
このブラックライダーは世界に飢饉をもたらし、天秤は食糧の量(=殺す人間の数)を測るものという。
*キリスト教の聖書はときどき中二病心を「これでもかっ」とくすぐってくれる。
第四の封印が解かれると、青白い馬(蒼ざめた馬)に乗った最後の騎士が現れる。
第四の騎士
こいつが出てきたら「お・し・ま・い・Death」
ペイルライダーとも呼ばれるこの騎士は黄泉(ハデス)を引き連れ、死神のような大鎌を持って描かれることが多い。
この第四の騎士にだけ「死」というはっきりとした名前が与えられていて、この「死」は疫病や野獣を使って人類を殺害する。
青白い馬に乗ったこの騎士は、中世ヨーロッパで大流行し多くの人の命を奪ったペストをイメージしているという指摘もある。
ヨハネの黙示録の四騎士(The Four Horseman of Apocalypse,アポカリプス)については、英語版ウィキペディアに詳しい説明がある。
“They were given authority over a quarter of the earth, to kill with sword, famine, and plague, and by means of the beasts of the earth.”
The Christian apocalyptic vision is that the Four Horsemen are to set a divine end time upon the world as harbingers of the Last Judgment.
最後の騎士・死
彼らは地球上の4分の1を支配する権限を与えられており、剣、飢饉、疫病、そして獣を使って人間を殺すことができた。
キリスト教の終末論の考え方では、ヨハネの黙示録の四騎士は最後の審判の前兆として登場する。
つまり封印が解かれて彼らが出現すると、それは殺戮や世界の終わりを意味するという。
この4騎士にそんな強大な権限を与えたのは神。
人間をつくったのは神だから、それを“壊す”のも神の意のままで、その役割をだれかに任せることもできる。
*イギリス人やポーランド人はこのとき神に背いた悪人だけが殺されるとか、死んだあとに人間が復活するとか話していた。ヨハネの黙示録にはいろいろな解釈があって理解がむずかしい。
剣、飢饉、疫病によって人間を殺すことを神が認めたというのだから、この点でのキリスト教は、日本人が想像する「宗教」とはまったく違う。
日本では宗教は人間のためにある、人を生かすためにある、という理解が一般的だから、神が死や苦痛を与えるという発想には違和感や拒否感を感じる人も多いのでは。
日本の疫病神の話を聞いてイギリス人とポーランド人が連想したのは、ヨハネの黙示録の騎士の中でもラスボス的な第四の騎士、疫病によって人類を大量殺害する「死」だった。
役割としては似ているところもあるけれど、なんせスケールが違い過ぎ。
この国の疫病神はあるていどの戦闘力を持つ神にあっさり倒されるし、下手したら武士にさえも勝てない。そもそもお坊さんからもらった小さな紙片を貼っていれば、侵入することができないと言われている。
もしヨハネの黙示録の四騎士がこの世に現れたとしたら、疫病神なんて瞬殺される雑魚キャラとしか思えん。
宗教や文化が違えば、価値観も発想も異なるのは当然のこと。
だとしても、日本の疫病神から悪魔じゃなくて、「死の騎士」が出てくるとは思わなかった。
このへんが異文化交流のおもしろいところ。
改めて思うけど日本人の宗教観と、創造主と被造物(人間や動物など)というキリスト教の世界観は天地ほどに違う。
人を踏みつけて進む四騎士
日本人の発想なら、こういう存在が”魔”では?
日本の疫病神とか貧乏神とか、ありがたくない神様も確かに日本にはいるのですが、どこか弱っちい、なんだかヘタレなところもある神様ですね。何だか愛嬌もあるし。(でもウチには来てくれなくていいですよ。)
決して「ヨハネの黙示録の四騎士」みたいにパワフルな恐怖の大王みたいな奴じゃありません。
にしても、いくら「万物創造の神は人類を活かすも滅ぼすも思うがまま」といったって、そんな厄介な魔王を4人も手下にしてわざわざ人間界へ派遣せずともいいでしょうに。そもそも全知全能なのだから、途中で根本から建て直す必要なんてない、せいぜい少し修正する程度で済む、もっとまともな人間界を最初から作りなさいよ。
本当に、キリスト教の The God とやらは、ドラゴンボールの世界のようにろくでもない神様なんですね。自分はキリスト教徒でなくてよかった。
黙示録ではこのあと、「黙示録のラッパ吹き」が登場して世界は破壊されまくりです。
興味があったら検索してください。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%99%E7%A4%BA%E9%8C%B2%E3%81%AE%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%91%E5%90%B9%E3%81%8D