【神仏融合】ドイツ人が驚いた、日本人の特殊な宗教観

 

文化庁が公開した「宗教年鑑」(令和2年版)で2019年の「我が国の信者数」を見ると、神道系が約8900万人(48.6%)、仏教系が約8500万人(46.3%)、キリスト教系が約200万人(1%)となっている。

なるほど。
ってオイ、神道と仏教の信者数で、すでに日本の総人口を軽く越えてんじゃん!
そんなツッコミが全国から聞こえてきそうなこの統計は、いまの日本ではその両方を同時に信じている人がたくさんいるということを表すのだろう。

この調査は宗教法人が回答したもので、一般人を対象とした調査では「特に何も信じていない」という人が過半数を超えて、一番多いことがよくある。
大ざっぱにいえば、基本的には無宗教だけど、あえていえば仏教と神道を信じて(大事に)している、というのが平均的な日本人の宗教観になりそうだ。

ボクの考え方も大体そんなもの。
神様や仏様の前に立てば手を合わせて頭を下げるけど、信仰心を数字で表すなら消費税より少ない。
だからドイツで以前、カトリックの大家が置いた聖母マリアの像を見て、プロテスタントの住居人が激怒して、大家を訴えたという話を本で読んで「マジか!」と驚いた。

知人のドイツ人に意見を聞くと、彼はこんな話をする。

「いまのドイツではキリスト教を信じる人が少なくなっているし、そんなコトは例外だよ。ボクもビックリした。マリアの像を公共のスペースに置いていれば、自分とは違う信仰を押し付けられているようで、不快に思う人もいると思う。像を自室に置かなかった大家が配慮に欠いていたとしても、裁判に訴えるのは行き過ぎだ。それは信仰の問題より、もともと大家と住居人の仲が悪かったんじゃないの?」

 

日本に住んでいた彼にとってはこんな裁判ざたよりも、日本人の宗教観の方が不思議だという。
ドイツではキリスト教のカトリックとプロテスタント(ドイツ語だとエバンゲリッシュ)の2つのグループは明確に分けられているから、それをごちゃ混ぜにして、両方信じてる人なんていない。
まぁそれはボクも知ってたし、ドイツだけじゃなくて欧米社会ではそれが普通の認識だ。

ただドイツの場合、カトリックとプロテスタントによって、州ごとの祝日が違うということを最近知った。
仏教と神道の記念日によって都道府県ごとに祝日が違うというのは、アニメやマンガの日本で、現実には考えられない。
でもドイツでは、そういう祝日のシステムになっているのだ。

日本とドイツ、“祝日”の違い:宗教と社会の関係が強すぎ面倒

 

知人のドイツ人の父親はこんなイエス=キリストの絵を置いて、家の「お守り」にしている。
これはカトリック信者ならOK、でもプロテスタントだとNG。

 

同じキリスト教でも、カトリックとプロテスタントはまったく別のもの。
そんな常識を持つドイツ人の彼が日本に住んでいて、理解不可能なレベルで不思議に思ったのが、仏教と神道が日本人の頭の中では一体化していたこと。
インドで生まれて世界中へ広がった仏教と、日本で生まれて日本にしかない神道では、歴史や背景、考え方がまったく違うはずのなのに、日本人の友人は「どっちも同じようなもの」と違いがよく分かっていなかった。
お寺と神社の区別も、鳥居があるかないか、お寺では合掌して神社では柏手を打つ、といったことぐらいしか教えてくれない。
自分は仏教と神道の考え方(教義)の違いについて興味があったけど、それについてはまったく、それかほとんど知らない人ばかりで、質問しても「グーグル先生に聞いて」と言われる。

彼が知り合った日本人はみんな、

「自分は宗教を信じていない。でも初詣に行って神や仏に手を合わせるし、仏教と神道は同じぐらい大事だと思う」

というようなことを話す。

カトリックとプロテスタントは、同じ神を信じるキリスト教でもまったくの別もの、というドイツの常識からすると、本来的には違う仏教と神道が日本では区別つかないほど一体化していて、両方を同時に信じる(大事にする)という宗教観は彼にとっては本当に不思議で奇妙。

教派によって州の祝日が違う国の住人からすると、こっちの方がアニメやマンガの世界かも。

 

もちろん仏教と神道の違いを知り抜いている日本人もいる。
でもお寺に行くと、「ここは寺ですので手をたたかないください」と柏手禁止を呼びかける注意書きを何度か見たことがある。
両者をごちゃ混ぜにしている日本人は一般的にいる。

 

ドイツのブレーメン

 

後日、東ヨーロッパのリトアニア人に、カトリックとプロテスタントを同時に信じる人がいる聞いてみると、こんな返事がきた。

No, there isn’t.
The parents decide it when you are a toddler.
After that nobody changes.

そんな人はいない。
カトリックかプロテスタントかは幼児のときに親が決めて、それ以降は変わらない。

では、カトリックからプロテスタント(その逆)へ信仰を変えることはあるのか聞くと、こう言う。

I have never heared of it.
It makes no sense since both is so similar. There are no advantages beeing one or the other.

そんな話は聞いたことがない。
どちらも似たようなものなのだから、改宗する意味やメリットはない。

違いがよくワカランほど仏教と神道が一体化していて、両方を同時に信じる日本人の宗教観はやっぱり特殊だ。
カトリックとプロテスタントの信者数を合わせたら、総人口をはるかに越えてしまった!という現象は欧米ではきっとない。

 

 

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4 件のコメント

  • > カトリックかプロテスタントかは幼児のときに親が決めて、それ以降は変わらない。
    > では、カトリックからプロテスタント(その逆)へ信仰を変えることはあるのか聞くと、こう言う。
    > そんな話は聞いたことがない。

    実際には、ときどきありますけどね。特に、異教徒(外国人など)と結婚した場合に片方が相手に合せてそうするケースがあります。同じ国民であっても、宗教が異なれば、恋愛も結婚もしないとでも言うのですかね? (もちろん宗教の違いが恋愛や結婚での問題となることは多いですが。)
    でもその割には、

    > どちらも似たようなものなのだから、改宗する意味やメリットはない。

    「似たようなもの」だったら両方を信じて尊重したっていいじゃないですか。
    世界には、宗教の対立が基本となっている紛争が山ほどあります。

    ***

    宗教思想を生かしながら世界の紛争を解決するには、大部分の日本国民が採用しているような「神仏習合思想方式」しかないと思います。つまり、複数宗教をごちゃ混ぜにしてでも同時に尊重・信仰することです。争いごとを嫌い秩序を重んじる日本人の国民性が(知らず知らずのうちに)見出した考え方です。
    どうしてそれが理解されないかなぁ。

  • 映画だとたとえばゴッド・ファーザーで、長男のマイケル・コルレオーネ(イタリア系カソリック)が昔の婚約者だったケイ・アダムス(ドイツ系?おそらくプロテスタント)と結婚する際に、改宗するかどうかの意思を尋ねる場面があったような気がします。(小説版だったかな?)
    米国は、カソリックもプロテスタント諸派もモルモン教徒もユダヤ教徒もごちゃごちゃで暮らしているので、結婚を機に相手の宗教に改宗する(?)、あるいはせざるを得ない(?)場合が、結構あるみたいですね。
    ただし、宗教をどこまで重んじるかは、これまた個人によってピンキリなのですが。

  • カトリックからプロテスタントへの改宗(または逆)には個人的に興味があります。
    年に何人いるかデータがあったら見てみたいです。

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