仏教国タイと日本の同じと違い:なぜ男は出家をするのか?

 

タイといえば、国民の約95%が仏教徒という仏教の国。

仏教徒の多い国ランキング(2010年)では中国が1位(約2.5憶人)、日本が2位(約8500万人)でタイが3位(約6500万人)になっている。

日本も信者の多さでは世界的な仏教大国だけど、信仰の強さではきっとタイ人のほうが上。
タイを旅行しているとよくそれを感じる。

例えばタクシーに乗車中、信号待ちで止まっていると、ドライバーが右斜め前に向かって手を合わせて頭を下げる。
「死亡事故現場か?」と思ったら、手を合わせた先にはお寺があった。
こんなドライバーを見たのは1人や2人ではない。

 

街中でも、歩きながらお寺や祠に手を合わせる人がいる。
歩きスマホではなくて、タイでは歩き合掌があるのだ。

友人のタイ人は大学生のころ、数時間の空き時間があると、大学の近くにあるお寺に行って瞑想をしていた。
そうすると心が洗われた気持ちになって、集中して講義を聴けようになるという。

もちろん、信心の深さは人によって違う。
「お寺に行くのは1年に1回ぐらい」と言うタイ人もいたけれど、社会全体でみれば、タイでは仏教の影響が人々の生活に根づいている。

今回はそんなタイの仏教文化を書いていこうと思う。
「なぜタイの男は出家するのか?」ということについて。

 

 

今年6月タイの北部で、12人のサッカー少年とコーチが洞窟に閉じ込められてしまった。
これは世界的なニュースになったから、知ってる人も多いと思う。
救助活動をしていたタイ人のダイバーが1人亡くなってしまったけれど、少年は全員助け出された。

こういう救出劇は世界中にある。
でも、そのあとがタイらしい。
少年たちは病院で治療をうけたり健康状態をチェックしたりしたあと、出家してお坊さんになった。

NHKニュース(2018/07/10)から。

これは、少年たちの行方がわからなくなり捜索が行われていた段階から家族が要望していたもので、
今回の災難を受け、厄をはらうという意味合いもあるということです。

「残る5人を救出へ。少年たち全員に一生プロサッカーを無料で見られる権利をプレゼント」

といっても、出家の期間は9日間だけ。

 

仏教国のタイで男として生まれてきたからには、一生に一度は出家することが理想とされている。
頭をそって坊さんになって、仏の教えを学んだり厳しい生活をしたりすることがタイの文化や慣習になっている。

「出家をして初めて、一人前の男になる」と言うタイ人もいた。
この点、韓国人男性にとっての徴兵に似ている。

今回の少年が出家する理由について、3人のタイ人から話を聞いたから、これからそれをまとめて書いていきタイ。

 

タイの地下鉄には「お坊さん優先席」がある。

 

少年たちが出家した理由には、「厄をはらうという意味」の他に2つあるという。

1つ目は亡くなったダイバーのため。
ダイバーがより良い来世に行けるように、みんなが出家して祈る。
*キリスト教徒で出家していない子が1人いた。

少年たちがお坊さんになって祈ったら、ダイバーの遺族もきっとよろこぶという。
でも、子どもたちを助けるために亡くなったのだから、ダイバーの来世は素晴らしいものになるとタイ人は言っていた。

 

今回話を聞いたタイ人の1人は、中学生のときに祖父を亡くしている。
そのとき彼は祖父の供養のために、5日間の出家をした。

出家が理由なら、タイの学校は休みをくれる。
会社員も同じで、休みが認められたり有給休暇になったりする場合もある。

このへんは日本と全然違う。
日本では一般人が出家することはないし、有給休暇で出家したという話は聞いたことがない。

 

 

2つ目の理由は、自分自身のため。

仏教では「功徳を積む」という考え方がとても大事で、これは日本もタイも同じ。

功徳とは、死んだ後にも持って行けるもの。

広島のお坊さんが「住職のブログ」で功徳についてこう書いている。

「功徳を積むということが私たちの第一になすべきことであって、この功徳しか死んだ後に持って行けないんですよ・・」

功徳ということ

 

辞書的な意味ではこうだ。

く‐どく【功徳】

現世・来世に幸福をもたらすもとになる善行。善根。「功徳を施す」

デジタル大辞泉の解説

 

仏教的に善い行いをすることが、功徳を積むことになる。
善い行いには、お経をよんだり書き写したりすることなどがある。

善いことをすると、良い結果が返ってくる。
死後どの世界に行くのかも、生きているときにした功徳によって決まる。

この考え方は日本とタイで共通している。

 

 

功徳を積むことをタイ語で「タンブン」と言う。
ブンが徳(功徳)という意味。

タイやカンボジアなど東南アジアの国では、人々が朝、お坊さんに食べ物をわたす光景をよく見る。
あの托鉢がタンブンになる。
信号待ちのドライバーがお寺に手を合わせることもタンブンだ。
このタンブンという行為はタイ人の基本的な価値観で、文化にもなっている。

 

お寺やお坊さんに関係なく、貧しい人や困った人を助けることもタンブンになる。
タイ人の話では、洞窟に閉じ込められた少年を救助することもタンブンだという。
日本だと自衛隊が仕事として救助活動をするけれど、あれもタイ人の考え方だとタンブンになる。

タイ人と日本のお寺に行って鯉にエサをあげたとき、「これもタンブンです」とタイ人が言っていた。
だから、日本人もふだんの生活のなかでけっこうタンブンをしている。

生きているときにタンブンをたくさんすると、より幸せな来世を迎えることができるとタイの仏教徒は信じている。

タンブンのなかでも、出家してお寺で修行することはかなり功徳の”ポイント”が高い。
だから、亡くなったダイバーのために出家して祈ることは、自分のタンブンにもなる。

日本もタイも仏教の影響が強いから、基本的な価値観や考え方では同じものがある。
でも信仰の深さは違うから、そこから生まれる行動も変わってくる。
日本では一般的に救助活動を「功徳を積む」とは考えないし、有給休暇で出家する人もいない。

 

 

おまけ

今回の記事を読んで、「オレもタイの出家をしてみたい!」と熱望する人に朗報がある。
タイに行かなくても、日本国内でタイの出家体験ができるらしい。

「タイ瞑想」というサイトに、こんなことが書いてある。

お釈迦様の教えと、中道瞑想を学び、タイ僧侶の質素の中にあるしあわせにあふれた生活を体験することが出来ます。また、出家することで家族や親戚にも出家による功徳が廻向され、しあわせをもたらす手助けとなります。

日本初の試み!日本国内でタイ僧侶の出家体験コース

今年はもう受け付けが終わってしまったけれど、興味があったら来年どうぞ。

 

おまけのおまけ

近ごろタイで、豪遊していた坊さんに懲役114年の判決がくだされた。

くわしいことはアメリカCNNのニュース(2018.08.10)を見てください。

捜査当局によると、ウィラポン被告は少なくとも83台の車のほか、土地や住宅、マンションなどの不動産も保有。過去10年あまりにわたって、貧しい信者や裕福な銀行家などから集めた寄付をもとに富を築いていた。

ぜいたくな「豪遊僧侶」に114年の禁錮言い渡し タイ

この坊さんのしたことは、タンブンの正反対。
本当の罰は死んだあとに待っている。

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。