「ポーランドは親日国」の3つの理由①日本に今も感謝すること

 

あした、サッカー日本代表がロシアで、ポーランド代表とたたかう。

日本がこの試合に勝つか引き分ければ、決勝トーナメント進出が決定する。
負けて帰国するようなことがあったら、空港での生卵まつりが決定する。

そんな運命のポーランド戦に便乗して、ここ最近は、ワールドカップにちなんだ記事を書いている。
前回でポーランドという国を知ったところで、第二弾の今回は、「日本とポーランドの関係」を中心に書いていこうと思う。

 

外務省ホームページを見ると、ポーランドについてこう書いてある。

伝統的親日国であり、国連や多くの国際機関選挙において我が国の立場を支持するポーランド

麻生大臣のポーランド訪問(概要と評価)

 

ポーランドはヨーロッパ屈指の親日国。
前からずっと、日本の国連安保理常任理事国入りを支持している。
当然、日本とポーランドの関係はとてもいい。
ポーランドはただの親日国ではなくて、むかしからの古い友人だ。

なんで日本は遠い国と仲がいいんだろう?
ということはおいといて、ポーランドは、なんで日本を良く思ってくれているのか?

 

 

外務省ホームページ「ポーランドという国」では、ポーランドが親日的な理由を3つあげている。

*ネットを見ると、ポーランドが親日国である理由がいろいろ書いてあるけれど、アヤシイ情報や誇張されているような記述がある。外務省の情報がもっとも正確で信頼できる。
だからこの記事では、これをもとに話を進めていきたい。

 

この3つを下から順に見ていこう。

まずは、「命のビザ」発給。

これは第二次世界大戦中、リトアニアにいた杉原千畝(ちうね)のこと。

当時、ヨーロッパにいたユダヤ人は、ナチス=ドイツに命をねらわれていた。
それを知った杉原はユダヤ人にビザを出すことによって、彼らを支援する。

杉原千畝は高校日本史で習う重要人物。
しっかり覚えておこう。

杉原千畝

リトアニアの首都カウナスの日本領事館代理の時、ナチスの迫害を逃れたユダヤ人らに、日本通過のビザを発給。1969年、イスラエル政府から『イスラエル建国の恩人』として表彰された

「日本史用語集 (山川出版)」

 

杉原が出した「命のビザ」によって、約6000人のユダヤ人が救われた。
くわしいことはこの記事をどうぞ。
樋口喜一郎を知らない人には、ぜひ読んでほしい。

日本人の誇り・ユダヤ人を助けた杉原千畝と樋口季一郎。

杉原が命を救った人のなかに、多くのユダヤ系ポーランド人がいた。
ポーランド人はこのことを、今も忘れていない。
これが親日国である理由のひとつ。

 

 

2番目の理由に、「ポーランド人シベリア孤児への支援」があった。
1920年代に日本は、親を失ったポーランドの子どもたちを助けて、ポーランドに送り届けている。

このことで日本に感謝しているポーランド人が今でもいる。

少し前に、こんな記事を書いた。

動画で英語を学ぼう 226 ポーランド人は日本をどう思う?

 

この動画のコメント欄に、あるポーランド人がこんな文を書いている。

Hi Japanese folks! Japan is a very beautiful country. You have such a wonderful and interesting history and culture. I’ve always respected your culture, tradition and values. I think that not many people know the fact that from the early 20 century to 1945 Poland and Japan had friendly relations and both nations have been working together during Second World War. For example, in the 20’s Japan took care of Polish orphans who have escaped from Siberia, providing them a shelter and helping them in their journey to their home in Poland.

(おおよその意味)

日本のみなさん、こんにちは!
日本は美しい国で、興味深い歴史や文化がある。ボクはずっとそれらを尊敬していた。
20世紀はじめから1945年までの間に、ポーランドと日本が友好的な関係を結んでいて、ともに第二次世界大戦をたたかったことを知っている人は、いまはもう少ないだろう。
例えば、日本は1920年代に、シベリアを脱出したポーランド人の孤児を保護してくれた。そして、彼らを母国に送り届けてくれた。

 

当時の日本政府が、多くのポーランド人孤児を救っていた。
これを知っている日本人は、ほとんどいないと思う。
少なくとも、杉原千畝に比べたら、本当に知られていない。

でも、これを覚えていて、こうやって日本人にメッセージをよこすポーランド人がいる。
日本人も、そういうポーランド人の思いを受けとめるべきだ。
それと、現在の日本とポーランドが友好関係にある土台を忘れてはいけない。
これは、ポーランド人孤児を保護して、送り届けた日本人が築いたものだ。

 

 

この話には続きがある。

ポーランド人は、約75年前に受けた恩を忘れてはいなかった。

1995年、日本で阪神・淡路大震災が発生する。
このとき、親を失った多くの孤児がうまれた。
それを知ったポーランド政府は「今度は我々の番だ」と、20人あまりの震災児童をポーランドに招待している。
一般の家庭が子どもたちを受け入れて、温かくもてなした。

75年の間、自分たちが受けた恩を覚えていて、キッチリ借りを返す。
ポーランドの人たちは、義理人情に厚いらしい。
日本人とポーランド人は、けっこう価値観が合っていると思う。

友好国に距離は関係ないことがよく分かる。

 

 

こうした日本とポーランドの友好は、「日露戦争 ポーランド人を手厚く待遇」から始まる。

次回、このことについて、書いていきます。

 

こちらもどうぞ。

今日本人が学ぶべき、イギリスの精神「Keep Calm and Carry On 」

2人の平和主義者②戦争のチャーチルと話し合いのチェンバレン

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。