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【寛政異学の禁】なぜ朱子学限定? 江戸幕府が嫌ったコト
現代の日本で2日前の7月6日は「サラダ記念日」。 江戸時代の7月6日は1790年に「寛政異学の禁」がはじまって、江戸の昌平坂学問所で教えられるのは朱子学だけになり、それ以外の学問は禁じられた。 この朱子学というのは、支配者にとっては魅力... -
【校則・管理教育】日本の学校で働く外国人はどう思う?
そうか、あの事件からもうそんなに経ったのか。 神戸新聞NEXT(2020/7/6) 校門圧死事件から30年 神戸高塚高、校門前で20人が黙とう このとき高校教師が朝の遅刻指導をしていて、時間になったということで校門を閉めると、遅刻ギリギリだった... -
【パクり・パクられ】日本を追ってた韓国、いまの悩みは中国…
だいたい1990年代までの韓国と日本は、韓国視点だとこんな感じだったらしい。 朝鮮日報(2022/07/03) 韓国では皆、あらゆる分野で日本のまねをしていたが、誰もその事実を公に認めない国だった。むしろ反共主義と同じくらい激しく厳しい反日主義が... -
【日本文化の特徴】七夕・冷やし中華でわかる“創造性”
ほんじつ7月7日は七夕の日。 天にいる織女(日本では織り姫:おりひめ)と牽牛(彦星:ひこぼし)が年に一度、この日だけ会うことがきるというロマンチックこの上ない日。 中国で生まれて日本へ伝わったあと、この文化は独自の発展をとげ、短冊に... -
アフリカのサッカー:「187-1」の謎スコアが生まれるワケ
西アフリカにシエラレオネって国がある。 面積は日本の約5分の1で、人口は約781万人、首都をフリータウン(Freetown)という。 日本とは絶望的に縁のないこの国が注目を浴びるとしたら、こんなコトが起きたときぐらいか。 ゲキサカ(22/7/6) ア... -
【京都御所の猿ヶ辻】鬼門は東北で、猿が魔除けになる理由
「朔平門外の変」が起きたのは幕末の1863年。 朔平門(さくへいもん)というのは、京都御所の北側にある門のことで、ここを通りかかった公家の姉小路 公知(あねがこうじ きんとも)が刺客に襲われ斬り殺される。 サムライが同じサムライを襲うこと... -
名誉回復がまさかの朝敵:八月十八日の政変、からの禁門の変
幕末の日本にペリー率いる米艦隊がやって来て、ただの”パシリ”だったペリーではなくて、アメリカ政府から開国を要求された幕府は大騒ぎになる。 なんだかんだで幕府は開国を決意し、いくつかの港を開いて欧米との付き合いを開始する。 この対応には... -
【幕末の四大人斬り】京都御所でおきたテロ・朔平門外の変
では問題です。 言論の自由や民主主義の精神ってのを、簡単な言葉で説明しなさい。 そんなコトを聞かれて困ったらとりあえず、フランスの世界的な哲学者ヴォルテールのこんな言葉を言っておこう。 「私はあなたの意見に反対だ。だが、あなたがそれを主張す... -
「日本のパクリ」に韓国人の反応は?否定・開き直り・真の創造
韓国の国民的お菓子として、不動の人気を誇るのがこの「セウカン」。 日本人がこのパッケージを見れば「かっぱえびせん」を思い浮かべるのは当然で、実際、なかのお菓子は味も見た目も双子のようにソックリだ。 韓国では他にもこんな... -
日本とモルディブの違い:宗教国でおきる過激派の暴走
結婚した友人夫婦が、新婚旅行先で選んだのはモルディブだった。 ここは世界屈指のリゾート大国で、エメラルドグリーンの海と白い砂浜が織りなす美しい景色は一生の思い出になるし、透き通るほど透明度が高く、カラフルな熱帯魚が泳ぎ回る海は世界...