【日本人の誤解】インドネシアはイスラム教じゃなく多様性の国

 

「ラオスやブルネイについてどう思う?」と聞かれたら、とりあえず聞こえなかったフリをする人でも、同じ東南アジアのインドネシアなら、何かイメージが湧いてくるのでは?

日本とインドネシアには昔からつながりがある。
1600年ごろにオランダ人が運んできた野菜は、拠点だったジャカルタに由来して現在ではジャガイモと呼ばれている。
戦時中、日本軍はオランダを排除し、インドネシアを一時的に占拠した。
戦後になると、多くの日本企業がインドネシアに進出して、最近では JKT48が現地で人気を集めている。

でも、「一知半解」と言うように、知っていることと分かっていることは違う。
一部の知識だけで全体を判断すると、的外れな「シッタカ状態」になって、まわりの人をあきれさせたり、イラっとさせてしまう。
以前、日本に住んでいたという外国人がSNSで「痴漢は日本の文化だ」と言ったところ、ほかの外国人から、「それは差別的だ」とたたかれた。
その国を知っているつもりが実は一知半解で、間違ったステレオタイプを持つ人は世界中にいる。

 

知り合いに、日本の会社で働いていて、日本語はペラペラのインドネシア人がいた。
「いた」と過去形なのは、彼が帰国する際、「インドネシアに戻っても、お互いに連絡を取り合いましょう!」と言ったにもかかわらず、すぐに音信不通になったから。
インドネシア人にはこういうテキトーなところがある。

彼が日本にいたころ、おばあさんから衝撃的なコトを聞いた。
何かのイベントで出会ったおばあさんが、彼がインドネシア人だと分かるとこんな質問をしたらしい。

「あなたはいまスニーカーを履いているけど、いまではインドネシアの人たちは、外出するときに靴を履くの?」

ちょっと何言ってるか分からない。
とまどった彼が質問の意味を尋ねると、そのおばあさんは「インドネシアはとても貧しい国でしょ? だから、人々は裸足で外を歩いていると聞いてビックリした」とサラリと言った。
日本に比べたら、インドネシアが経済的に発展していないことは事実。
だけど、裸足で外を歩くインドネシア人なんて、都市部で育った彼からしたら、ありえないほど非常識だ。
そのおばあさんに悪意は1ミリも無い。
相手がインドネシア人と知って、そんな疑問が思い浮かんだから、「履くのかい? 履かないのかい? どっちなんだい?」とナチュラルに質問した。
彼が「そんな人はいませんよ~」と現在の状況を伝えると、インドネシアの知識を最新版にアップデートしたおばあさんは「発展したんだね~」と感心したらしい。

 

彼が日本に住んでいた時、日本人が思い描くインドネシアが現実とかけ離れていたから、「おいおい」や「コラコラ」とツッコみたくなることはよくあったという。
その中でも、このおばあさんの誤解は最強クラスで、最初は意味が分からず、ツッコみどころも見えなかった。
いまの日本人で、「インドネシア人は裸足で外を歩く」なんて思っている人は、いたとしても、高齢者の一部ぐらいだろう。
でも、インドネシアについて知識があっても、実際には「シッタカ」で、間違ったステレオタイプ(先入観や思い込み)を持っている人は少なくない。
ボクもそれでプチ失敗した。

 

インドネシアには、世界遺産に登録されているヒンドゥー教のプランバナン寺院がある。
その前で振り返ってキメ顔をしている、ヒジャブかぶったこの女性はイスラム教徒だ。

 

10年ほど前、「なるほど。インドネシアってそんな国だったのか」と個人的に納得する出来事があった。

当時、日本の会社で働いていたインドネシア人(20代・女性)と話をしていて、インドネシアにもジャンケンがあることを知った。
話の流れで、ジャンケンのかけ声について尋ねたら、彼女はこう言った。

「それは島によって違います」

この答えは予想外で、ちょっと返事に詰まった。
でも、これがインドネシアの正解で、実態でもある。
日本に住んでいた彼女にとって、インドネシアとの最大級の違いは「多様性」だ。

「どっちも同じ島国ですけど、数が違うんですよ。日本にある島は7000で、インドネシアには13000以上の島があります。それに、ジャワ人やスンダ人などいろいろな民族がいて、300以上の言葉もあります。同じ国民でもお互いに理解できないから、全国で通じる共通語が必要になって、インドネシア語ができました。インドネシアには、ヒンドゥー教の影響が強いバリ島があったり、キリスト教徒の多い地域があったりして、地方によって文化がぜんぜん違うんですよ。」

日本はこれとは逆で、人口の 95%以上は日本人だし、地方によって方言があっても、外国語のように違うわけではない。
インドネシアは多様性に富んでいて、日本はとても同質性が高い。

*日本とインドネシアの島について

日本には 6852の島があるとされていたが、2023年の発表では 14125と爆増した。
「島の数え方」については国際的な定義がなく、数え方しだいで増えたり減ったりするらしい。
インドネシアでは 17500以上の島があると言われていたのに、急に 4000以上も消滅し、現在では約13500になったのも、それが理由と思われる。
ということで、島の数はいまは日本の方が多いのだ。

 

閑話休題(それはさておき)。

「極東」に位置する日本と違って、東洋と西洋の中間にあるインドネシアには、古代からさまざまな人々がやってきた。
多くの船がここに立ち寄ったから、言ってみれば「海のサービスエリア」だ。
「東インドの島々」という意味のインドネシアはインド文化の影響を強く受けたし、多くの中国人が移り住んで、いまでも多くの中華系の住民がいる。
国全体ではイスラム教徒が多いから、中東のイスラム文化もあるし、300年以上もオランダの植民地だったから、ヨーロッパの影響も強く受けている。
インドネシアは国内でも、島や地域によっていろいろな違いがある。
それに加えて、多くの外来文化がもたらされた結果、インドネシアは多様性の洪水状態になり、バラエティー豊かな国となった。
「鎖国」をしていて、ほぼ独自の世界で生きていた日本とは、歴史や背景がまったく違うのだ。

 

ただし、多様性とは強みや欠点、毒にも薬にもなるから、扱い方に注意しないといけない。
さまざまな宗教や言語の中で、どれか1つが支配的になると、ほかのグループの反発を招き、対立や争いの原因になってしまう。
だから、インドネシアでそれはタブー。
社会的には、すべてが対等であることが重視されているから、インドネシアではイスラム教やキリスト教、仏教などの重要な日が平等に国の祝日に定められている。

ジャンケンの話をした知人は、インドネシアでは少数派のキリスト教徒だから、彼女はすべての立場が尊重される多様性を特に大切に考えていた。

 

村人が人食い蛇を退治(ひん死状態)して、子どもたちが背中に乗って遊んでいる。
日本ではマンガの世界がインドネシアの現実だ。
おばあさんのイメージの出どころはこんなところかも。

 

インドネシアにあるシンプルなイスラム礼拝所

 

インドネシアには2億3100万人が住んでいて、そのうちの9割以上がイスラム教徒。
だから、インドネシアは「世界最大のイスラム教の国」という一面を持っている。
いま日本にいるインドネシア人(20代・男性)の知り合いも、真面目なイスラム教徒だ。
まえに彼と話をしていて、つい失言をしてしまった。
話の流れで、ボクがインドネシアを「イスラムの国」と表現したら、彼はすかさず「それは違います」と否定し、会話を止めてインドネシアの話を始めた。

インドネシアでは、さまざまな民族、文化、言語、宗教が共存しているから、国として「多様性の中の統一(BHINNEKA TUNGGAL IKA)」というモットーを掲げている。
中華系やキリスト教徒の人たちはポークを食べるしビールも飲むけど、イスラム教徒の自分たちは絶対にしない。
インドネシア人の素晴らしいところは、自分の価値観を相手に押し付けず、相手の立場や考え方を尊重し、お互いの違いを認め合うこと。
インドネシアは多様性が豊か過ぎるから、国民にはこういう態度や精神が求められる。
こんな実態があるにもかかわらず、インドネシアについて知っていると言う日本人の中には、すぐイスラム教を連想する人が多い。
日本に住んでいて、そんなステレオタイプと接すると、「またかデスカ…」と正直ウンザリする。
でも、インドネシアに対する間違ったイメージは放っておけないから、そのつど訂正することにしている。

10年ほど前、ジャンケンのかけ声は島によって異なると聞いて、インドネシアは「何でもアリの国」と知っていたのに、ついつい「イスラムの国」と思い込んでしまった。
そんな誤解を持っている日本人はわりと多い気がする。

 

8mの人食いヘビのいる国の首都がコレ。
村と都会の大きなギャップも日本にはない。

 

 

インド 目次 ③

イスラーム教 「目次」

外国人から見た不思議の国・日本 「目次」

【日本の多文化共生】在日イスラム教徒の不安、信仰 vs 法律?

【ヒンドゥー教と神道】もしインド人を神社へ連れて行ったら?

インドネシアのイスラム教徒が、日本女性に衝撃を受けたワケ

 

コメントを残す

ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。