なぜ?韓国で加藤清正の像を設置・朝鮮出兵への見方。

 

「韓国で慰安婦像(韓国では少女像)が建てられた!」
と聞いたとしても、もう驚かない。

韓国で慰安婦像は日本大使館の前を始めとして、学校にも病院の待合室にもあるくらいだから。

でも、「韓国で加藤清正(きよまさ)の像が建てられる」というニュースにはビックリした。

 

加藤清正(1562~1611)は豊臣秀吉につかえた武将で、朝鮮出兵のときは朝鮮軍とたたかっている。

加藤清正
熊本城をつくったことでも有名。

 

韓国の蔚山(ウルサン)市にある公園に、加藤清正の像が建てられることが明らかになった。
それが韓国で問題になっている。

「朝鮮軍とたたかった敵将の像が、なんで韓国で建てられるのか?」

日本人のボクからしてもワケがわからない。

レコードチャイナの記事(2017年12月22日)にその理由が書いてある。

中区は事業の意義について「歴史的意味がある鶴城公園がスラム化し、市民から遠ざかっている現実」を改善するものと説明しており、「朝鮮・明軍の将軍像が倭城を攻める姿なのに対し、清正像は城内で孤立し水と食糧不足に苦しむ姿」と明らかにしている。

韓国の公園に加藤清正像設置へ、「日本はまだ謝罪もしていない」と地元住民ら反発

加藤清正の像を英雄として建てるのではなくて、苦しんでいる姿を描くということであれば理解できる。
朝鮮軍や明軍の”引き立て役”になるわけで、プロレスでいう悪役レスラーのようなものだから。

でもそれが、「スラム化対策になる」という韓国の発想がよく分からない。

 

日本軍とたたかって活躍した朝鮮軍の武将、李舜臣(イ・スンシン)。
韓国で知らない人はいないほどの英雄だ。

韓国の中学生用の歴史教科書にはこう書いてある。

ところがまさにこのとき、日本軍を殲滅して、危機に陥った国を救う人々が現れた。
それは、まさに李舜臣が率いた水軍と故郷と国を守るために立ち上がった名もない義兵たちだった。

「躍動する韓国の歴史 (明石書店)」

でもその李舜臣は、「倭軍(日本軍)が来た!」と聞くと朝鮮の守備隊がいっせいに逃げ出してしまうことに困っていた。

倭賊の動きを聞くや、いっせいに逃潰し、その武器などを遺すところなく棄ててしまった」と云う。実に驚くべきことだ。

黄玉千が倭賊の声を聞いて、家に逃亡したので、捕らえてきて斬首し梟示した。

「乱中日記 李舜臣 (東洋文庫)」

日本語が聞こえたら、家に逃亡してしまう。
李舜臣はかなり苦労したはず。

 

朝鮮軍が使っていた旗

 

加藤清正の像よりも違和感を感じたのが住民の反応だ。

「日本はまだ謝罪もしていない」というのは、朝鮮出兵のことをさしているのだろう。
500年も前に豊臣秀吉がしたことを、なんで今の日本が謝罪しないといけないのか?

そんなことを言ったら、14世紀に元と高麗(韓国)が日本に攻めてきた元寇はどうなるのだろう。
今の日本がそのことについて、韓国に謝罪を要求していいのだろうか?

するわけないけど。

 

謝罪要求どころか、日本は中国(元)や韓国にすごく配慮している。
今の学校では、元寇ではなくて「蒙古襲来」と教えていることをご存知だろうか?

「元寇とも呼ばれたが、寇とは暴もしくは賊の意(日本史用語集 山川出版)」ということで、「寇」という言葉は中国や韓国に対して失礼だから「襲来」になった。
でもあの出来事は、「日本侵略」と書いてもおかしくはない。

 

 

南宋(1127年 – 1279年)の時代、中国に「秦檜(しん かい)」という人物がいた。
南宋が元に攻められそうになったとき、秦檜が中心となって動き、南宋は元に降伏してしまった。

そのことで秦檜は今の中国で、「売国奴」と徹底的に嫌われている。
両腕を後ろにまわして正座している像が秦檜(向かって右、隣は妻)で、ボクが見たときは、中国人が像にツバを吐きかけたり靴底で殴ったりしていた。

加藤清正の像をこういうふうに使ったら、日韓の外交問題になる。
「城内で孤立し水と食糧不足に苦しむ姿」ならいいと思うけど、いっそのこと、加藤清正の像をバスに乗せて走らせたらいい。

 

 

韓国では時どき、よく分からないことが起きる。

今年(2017年)には、 韓国の人気アイドルグループ「SUPER JUNIOR」のメンバーが過去に「豊臣秀吉を好きだ」と言っていたことが明らかになって、問題になった。

中央日報の記事(2017年10月25日)から。

朝鮮侵略の元凶である豊臣秀吉を好きな人に挙げたシウォンの回答は、十分問題視される発言に値する。

SJシウォン側「『豊臣秀吉が好き』発言、他意はなかった」

ちなみに、このシウォンさんは織田信長が大好きで、「織田が好きだったというカキフライをわざわざ食べに行くこともある」というほどらしい。

 

韓国は豊臣秀吉の朝鮮出兵について、今でも忘れていないし謝罪を求める声もある。
でも、その後中国(清)が攻めこんで来た「丙子の役(へいしのえき)、1636年~1637年」については、ほとんど何も言わない。

このとき朝鮮はたたかいに負けて、清に制圧されてしまった。

朝鮮の「丙子」という本には、清軍のおこないをこう書いてある。

武力に略奪が行われ、すべては焼き尽くされ、官も民もすっ裸の状態であり、秀吉の侵攻よりも甚だしいものがある

「日本の驕慢 韓国の傲慢 (徳間書店)」

また、この丙子の役について、韓国の歴史教科書にはこう書いてある。

大きな被害を受けた朝鮮は、政府も民衆も清に対する敵対感情と復讐心に燃えた

「韓国の中学生歴史教科書 (明石書店)」

でも現在の韓国を見ていると、中国の丙子の役より、日本の朝鮮出兵の方をはるかに嫌悪している。
朝鮮出兵を正当化するつもりはないけれど、韓国にはもう少し日本と中国を公平に見てほしいと思う。

 

 

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今まで、東南アジア、中東、西アフリカなど27の国・地域に旅をしてきました。以前、中学生に歴史を教えていた経験もあります。 また、日本にいる外国人の友人も多いので、彼らの目から見た日本も知っています。 そうした経験をいかして、日本や世界の歴史・文化・宗教などをテーマに、「読んでタメになる」ブログを目指しています。