弥生時代から現代まで、なぜ日本人には下駄が必要だったか?

 

ほんじつ7月22日は「下駄の日」ですよ。

ではクエスチョン。
なんでこの日が「下駄の日」になったのでしょう?

 

答えは2つあって、「七寸七分」のように下駄の寸法を表わすのに数字の7がよく使われることと、22は下駄で踏んだ跡が「二二」に見えるから。
それで全国木製はきもの業組合連合会が7月22日を「下駄の日」にした。

ちなみにヨーロッパ人宣教師のフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸したのが1549年7月22日だから、「キリスト教伝来の日」としてもおぼえておこう。

 

ということで今回は下駄の話。
この日本の伝統的な履き物の歴史や目的、海外の見方なんかを書いていこうと思う。

 

田下駄(時代は不明)

 

日本の下駄の「原点」は上の田下駄

田んぼや湿地などに入って足がズルズルと沈んでしまわないように、日本では昔からこんな木製の履き物が使われていた。
最も古い物としては、弥生時代の登呂遺跡(静岡県)から出土した記録がある。

登呂遺跡に行くと田下駄を履ける体験コーナーがあって、夏休みに子供と行くとちょうどいい。と静岡県民が言ってみる。

日本は高温多湿で、水虫対策として5本指ソックスが大人気の国。
日本人が下駄を履いていた主な理由も気候に関するもので、泥やぬかるみを歩くにはこれが最適だった。
むかしは道路が整備されていなかったから、デコボコの道でもこれなら歩きやすかったという理由もある。

それと路上には人間や動物のう〇ちが落ちていることもあったから、下駄を履いていればまだマシだった。
そう言えばむかしヨーロッパ人がハイヒールを履いた目的には、「地面の汚物を避けるため」ということがあったという。

それに雨が降ると、「排泄物が入り混じったぬかるみ」という最悪の道路コンディションになったことも下駄を履く理由にあったのでは。
こんな道をぞうりやわらじで歩くなんて、罰ゲームにもほどがある。
ちなみに「下駄」という言葉は戦国時代にできたようだ。

*インドを旅行中、聖地ヴァナラシでは野良牛のうん〇がそこら中にあって、それをスニーカーで踏んづけまくってそれはもう最悪な思いをしますた。
あんな体験をすると、「下駄っていいな」と思う。

 

 

山道を歩く修験者が履く下駄はこんな一本歯の物(高下駄)が多い。
「郷に入っては郷に従え」で平地なら二本歯、山道なら一本歯のほうが安定して歩くことができるらしい。
そんなことで、山にいる天狗の履く下駄は一本歯のもので「天狗下駄」と言われる。

 

江戸から明治になって文明開化したあとでも、日本人は下駄を愛用していた。
1878年(明治11年)に日本を旅行したイギリス人イザベラ・バードは、鉄道が開通したころの様子を旅行記にこう書いている。

横浜駅は、りっぱで格好の石造建築である。玄関は広々としており、切符売り場は英国式である。等級別の広い待合室があるが、日本人が下駄をはくことを考慮して、毛氈を敷いていない。

「日本奥地紀行  (平凡社ライブラリー) 」

 

毛氈(もうせん)とはカーペットのような敷物で、この上を下駄で歩かれるとすぐにズタボロになるのは想像できる。
現代でも「下駄を履いた人はお断り」という店はある。

イザベラ・バードを乗せた汽車が新橋駅に着いて、乗客が降りるときは「合わせて四百の下駄の音は、私にとって初めて聞く音であった」という。
400人が下駄で移動する音を聞くなんて、いまの日本じゃ無理ですね。

 

これは大正時代の東京。
下駄を履く人もチラホラいる。

 

弥生時代から日本人にとっては「足の友達」だった下駄は、スニーカーやビニール製のサンダルが登場したころから姿を消していった。が絶滅はまぬがれている。

世界中の外国人が参考にする英語版ウィキペディアの「下駄」の項目にはこんな説明がある。

Geta are primarily worn with yukata, but sometimes also with Western clothing during the summer months. As geta are usually worn only with yukata or other informal Japanese clothes or Western clothes, there is no need to wear socks.

Geta

 

下駄は夏の間、おもに浴衣に合わせて履くけれど、洋服に合わせることもある。
Tシャツにジーンズに下駄?まあアリかな。
下駄はラフな格好のときに履くもので、ふつうは靴下を必要としない。
弥生時代の田下駄から始まった下駄の「社会的地位」は変わらず、いまでも庶民的な履き物のまま。

 

日本人が下駄を履くことにはメリットがあって、これによっていつもは見下ろされる欧米人と大体同じ身長になる。
まさに「下駄を履かせる」という状態。
フランス国王ルイ14世が背を高く見せるために、ハイヒールを愛用していた気持ちもわかる。

 

 

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【日本人の時間厳守】外国人から見たその長所と短所

アメリカ 「目次」

ヨーロッパ 「目次」

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韓国 「目次」

 

4 件のコメント

  • >Tシャツにジーンズに下駄?まあアリかな。

    古い! それ、1970年頃に若い人達の間で流行ったファッションですよ。
    ♪下駄を鳴らして奴が来る~ 腰に手ぬぐいぶら下げて~
    (かまやつひろし「我がよき友よ」)
    あの歌は硬派の歌なので学生服でしたけど。もっと軟弱な奴は下駄にTシャツ+Gパンでした。

    私も小・中学生だったけど、生意気にも、そんな恰好を真似してました。
    一度だけ中学校に履いていったら先生にすごく怒られた。

  • Tシャツにジーンズに下駄という姿の青年を2年まえに京都で見ました。
    サマになってましたよ。でも「ただしイケメンに限る」みたいに、誰でもしていい恰好じゃないですね。

  • 洋服と下駄というと、明治大正の学ラン、マント、下駄の大学生のイメージが……。

    >日本人が下駄を履くことにはメリットがあって、これによっていつもは見下ろされる欧米人と大体同じ身長になる。
    >まさに「下駄を履かせる」という状態。

    初期の自衛隊で、米軍から供与された戦車が大きすぎて操縦手の足がペダルに届かず、下駄を履いて戦車に乗っていたという話を思い出しました。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。