【日本ムリ】親日インドネシア人が帰国を選んだワケ

 

先日、岐阜で行なわれた子ども向けのイベントで、思わぬ不祥事が発生。
集まった子どもたちに、賞味期限が切れたお菓子やアルコール入りのお菓子を配っていたことが分かって、主催者側は「多大なご迷惑ご心配をおかけいたしました」と謝罪した。

このオソマツさにはネット民もあきれ顔。

・どっかの企業が賞味期限ギリギリのやつを廃棄代わりに寄付したのか
・町内会でもそんな下手こかないけどね
・賞味期限切れはまだいいけど
アルコール入りはさすがにアホ

体調を悪くした子どもや、飲酒運転で捕まった大人はいないようだから、「多大なご迷惑ご心配をおかけいたしました」で済むと思うが、もしイスラム教徒にアルコール入りの食べ物を渡したら、とんでもない事態になりかねない。

イスラム教では、豚肉とアルコール口にすることが厳禁されていて、そういった食品は「ハラーム」(アラビア語で“禁止”の意味)と呼ばれている。
逆に、イスラム教徒が食べられるものは、「(神に)許された」という意味で「ハラーム」と言う。
いま日本に住むイスラム教徒は増加傾向にあるから、こんな表示掲げるスーパーも増えている。

 

 

知人のインドネシア人は数年前まで日本の大学に留学していて、すっごく迷った末、母国へ帰ることにした。
インドネシアに比べると、先進国の日本では快適に生活できるし、仕事の条件や給料も良いい、魅力は山盛りある。
彼は日本語能力試験で1級に合格したから、十分に日本企業が求めるレベルに達している。
インドネシアの家族も彼が日本で働いてカネを稼ぎ、家が建てられるほどリッチになってから、母国へ戻ってくることを希望した。
それでも、知人が日本を離れた理由は、自分がイスラム教徒であることを優先したからだ。

インドネシア人が日本へ来ると、日本語を学んで日本人と交流し、積極的に社会に溶け込もうとする人がいれば、語学学習を拒否して、インドネシア人だけのグループで過ごす人もいる。
彼は前者を選び、がんばって日本語を勉強し、アルバイト先では責任あるポジションを任されるまでになった。
言葉の壁はなかったし、インドネシア人らしい明るい性格から、彼にはたくさんの日本人の友だちができて、楽しい学生生活を送ることができた。
でも、当然、嫌な思いをしたこともある。
日本人の中には、イスラム教に対して「テロリスト」や「危険な宗教」といったイメージを持つ人もいて、そんな偏見と接すると腹が立つ。
でも、彼にとって最も大きな問題はそれじゃない。

 

イスラム礼拝所

 

日本には無宗教の人が圧倒的に多い。
だから、インドネシアと違って、イスラム教徒が信仰を守りながら生活することはとてもむずかしい。
たとえば、イスラム教徒は一日に5回お祈りをすることになっていて、インドネシアなら大学に礼拝所がある。
でも、彼が通っていた日本の大学にそんな場所はなかったから、まずはそのためのスペースを見つけないといけなかったが、お祈りは神聖な行為だから、どこでも良いわけではない。

礼拝をする前には手や足、顔などを水で洗って清める必要がある。
インドネシアではそれを「ウドゥ」と呼び、公共の施設には、そのための設備が設置されているのが常識的。
彼は大学の先生と相談した結果、体育館のシャワーで「ウドゥ」をして、器具室でお祈りをすることになった。
ロッカールームは着替えをする所で、汚いからそこでお祈りはできないらしい。
大学内はこれでいいとしても、問題は、友だちとどこかへ遊びに行ったときだ。
お祈りの時間になっても周囲に適切なスペースがなく、それを探すのに大変な思いをしたことが何度もあったという。

彼としては、大学内に礼拝所を作ってほしかったのだけど、そんなワガママはとても言えない。
しかし、学食で料理を注文する際には、スタッフに料理の材料や使っている油の種類などを聞いて、すべて「ハラール」であることを確認してから、それをオーダーした。
イスラム教徒として、ハラームを口に入れることはできないから、後ろに人が並んでいても、友だちから「イスラム渋滞」と揶揄されても、彼にこの確認作業は譲れない。
*もちろん、毎回こんなことをしていたわけではない。

 

彼は常にイスラム教のルールに従って生活し、死んだ後には、神に認められて永遠の天国へ行くことを本気で願っていた。
だから、日本では細心の注意を払い、ムスリムとして清く正しい行動を心がけていた。
そのことは周りの日本人も知っていたから、みんな彼に協力してくれたけど、それでもミスが起こることはある。

あるとき、友だちからもらったチョコレートを食べた後に、それには微量のアルコールが入っていたことが判明。
その日本人はイスラム教についての知識があったから、彼はつい油断してそのまま食べてしまった。
それを知った彼は衝撃を受け、市内のモスクに行ってアッラーに罪を告白し、心から謝罪した。
ほかにも、「絶対に豚肉は入っていない」と友だちから聞いて、それを食べた後に、油か調味料に豚のエキスが入っていたことを知り、言葉を失ったこともある。
彼はまたモスクへ行って懺悔した。

日本人の友だちはとても親切で協力的で、いろいろなことに配慮してくれた。
それでも、人間だから、どうしても失敗することもある。
友だちに悪気はなかったから、彼らを恨むことはできない。
ラマダン月になると、みんなが断食をはじめるから、インドネシアでは一体感を感じていたのに、日本では自分だけ浮いているような疎外感があった。

そんなことから、彼は日本でイスラム教徒として正しく生きることはむずかしいと思い、それが大きなストレスになる。
それで卒業が近づいて超迷った末に、彼は大好きな日本を離れて、インドネシアへ帰国することを選んだ。

 

 

イスラーム教 「目次」

外国人から見た不思議の国・日本 「目次」

【日本の多文化共生】在日イスラム教徒の不安、信仰 vs 法律?

【ヒンドゥー教と神道】もしインド人を神社へ連れて行ったら?

インドネシアのイスラム教徒が、日本女性に衝撃を受けたワケ

 

コメントを残す

ABOUTこの記事をかいた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。