アクバル皇帝が人気の理由は、インドの複雑な宗教事情にアリ

インドで人気の高い人物に、ムガル帝国の第三代皇帝アクバルがいる。
イスラム教徒はさまざまな場面で「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」と言う。3月15日は1564年に、「偉大(アクバル)」という名を持つ彼がそれにふさわしい画期的なことをした日なので、今回はインドの宗教事情について書いていこう。

 

日本を代表する春祭りには「ヤマザキ春のパンまつり」があって、インドには「ホーリー」がある。春の訪れを祝うホーリー祭は色のついた粉をお互いにに付けまくる、とてもカラフル(またはカオス)なイベントで、ことしは先日3月14日に行われた。
トップ画像の祭壇は日本に住むあるインド人が作ったもので、彼はSNSに「Happy Holi to everyone 😊」というメッセージと一緒にこの写真を投稿した。ヒンドゥー教の神々へのお供え物におみくじがある理由はナゾ。

ヤマザキ春のパンまつりとホーリー祭には決定的な違いがあって、前者は日本にいるすべての人を対象にしているが、ホーリーはヒンドゥー教の祭りだから、イスラム教徒やキリスト教徒には関係ない。彼らが祭壇を作って、ヒンドゥー教の神に祈ることは絶対にありえない。
そんな異教徒でも、広い範囲で参加することならできる。たとえば、知人のインド人は毎年ホーリーが近づくと、同じ職場で働いているイスラム教徒の同僚から、「ホーリーおめでとう」という言葉とプレゼントをもらうと話していた。

ただし、こんな「ほのぼの空間」に包まれているのは、個人的な知り合いのあいだくらいなもの。
インドでは、一般的にヒンドゥー教徒とイスラム教徒の関係は良くない。冷え切っている状態を超えて、憎しみ合っていることも多い。
ヒンドゥー教で神聖視されている牛は、イスラム教徒にとってはただの動物でしかないから、解体して食べることができる。そんな価値観の違いから、「牛肉を食べた」というウワサが流れ、事実かどうか分からないのにもかかわらず、イスラム教徒がヒンドゥー教徒に殺害される事件がインドでは何度も発生している。

インド北部にあるヒンドゥー教の聖地アヨーディヤーには、16世紀にムガル帝国バーブル皇帝が建てたモスク(イスラム教の礼拝所)があった。これを屈辱的に感じるヒンドゥー教徒は多く、1992年にモスクを破壊した。すると、今度はイスラム教徒が激怒し、インド全土で暴動が発生し、2000人以上が亡くなった。(Demolition of the Babri Mosque

 

『北斗の拳』の世界では、強敵と書いて「とも」と読む。
この考え方を必要としているのがインドで、イスラム教徒とヒンドゥー教徒が対立すれば、混乱が広がって国力は低下するけれど、タッグを組めばインドは強大な国になる。
仲良くならなくても、せめて争いが発生しないでほしいと願う国民は多いので、インド社会では宗教的な融和がとても重視されている。

その象徴のような人物がアクバルだ。
イスラム王朝では、別の宗教を信じる人に対して「ジズヤ」という人頭税を課すことになっていた。非ムスリムにとっては金銭的な負担が大きく、これはイスラム政権への服従を意味するから屈辱的でもあった。
イスラム王朝のムガル帝国もヒンドゥー教徒などにジズヤを課していたが、1564年にアクバルがそれを廃止した。彼は宗教に寛大な皇帝で、ヒンドゥー教徒の王族の女性と結婚し、その後も妻の信仰を認めていた。
アクバルはヒンドゥー王国と同盟関係を結んでムガル帝国の力を強め、その後の発展の土台を築いた。
現代のインド社会でもこのような宗教的な融和が重視されているが、なかなかうまくいかない。

 

 

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インド 目次 ②

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