インドネシア人が怒った日本の習慣 “内祝い”をする理由

3月14日はバレンタインデーのお返しをするホワイトデー。日本で生まれたこの習慣は中国や台湾、韓国などに広がって東アジアの共通文化になりつつある。
もらいっぱなしではいけないという気持ちに国境は関係ないから、1カ月後にプレゼントを渡すという考え方は外国人にも理解できる。(そもそもバレンタインデーは日本独自の文化なのだけど)
でも、「内祝い」はどうだろう?

結婚や出産、新築などのめでたい機会にお祝いをもらうと、3分の1〜半分ほどのお金やモノを相手に返す(贈る)。そんな内祝いの習慣については、外国人の理解や共感を得ることがむずかしい。日本人男性と結婚したあるインドネシア人女性には意味不明すぎて、ダンナに怒りをぶつけてケンカになってしまった。

内祝いについては、実は日本人でもよく分からない人が多く、検索サイトでは「なんのため」「謎」「なくなれ」といった関連ワードが表示される。
内祝いの理由についてAIに聞くと、こんな答えが返ってきた。

・幸せを共有し、皆で一緒にお祝いをする。
・贈り物のやり取りで過度な負担をお互いにかけないようにするための配慮。
・お祝いしてくださった方々に対して、感謝やお礼の気持ちを込めて贈り物をする。

身内や友人、ご近所さんなど、日ごろからお世話になっている人たちと幸せをシェアしたり、感謝の気持ちを伝えたりする。それが内祝いの重要な要素になっていることは間違いない。こういう考え方は海外にもあるはずだけれど、この習慣のある国は日本以外に聞いたことがない。

 

以前、知人のインドネシア人男性から、「内祝いって何ですか? 日本人はなんでこんなことをするのですか?」と質問されたことがある。
彼の知り合いが先ほどのインドネシア人女性で、彼女は子どもを授かってたくさんの人からプレゼントをもらい、人生の幸せポイントはほぼマックスに達した。しかし、「贈り物をもらったら、返さないといけない」という夫の言葉がクリティカルヒットとなり、ポイントが一気に減った。

「おまえはこれからも日本に住むのだから、この習慣について知っておいたほうがいい」と言われ、一緒に内祝いの準備をすることになる。インドネシア人の彼女の感覚では、出産のプレゼントをもらったら、笑顔で「本当にありがとう」とお礼を言えばそれで十分。
贈り物を返すという発想がまったく理解できず、夫は気づかなかったが、この時点で失望が怒りに変わりつつあった。
お返しの品やのし、お礼状など用意するものが増えていくと、ついに彼女の限界を超えて、「なんでイチイチこんな細かいことをしないといけないの?」と爆発した。夫は「こういう丁寧なところが日本文化の特徴で、それは君も素晴らしいと言っていたじゃないか」と言ってなだめたが、夫も沸点に達して言い争いになる。

インドネシア人の妻の思考はシンプルで合理的だ。
「贈り物のやり取りで、お互いに負担をかけないようにするための配慮」というコンセプトの逆で、実際にはお祝いをされる自分たちの仕事が増えている。しかも、意味不明な上に慣れない作業をするから、精神的にとてもつらい。
本当に相手のことを考えるのなら、最初から3分の1〜半分を引いたお金やモノを渡すべき。返す手間をなくし、相手の負担を減らすのが親切というものだと主張して夫を追い詰める。
現金をもらったら、その場で封を開けて半額〜3割をバックすればいいとか、妻はスマホの契約みたいなことを言い出す。日本人の感覚では、「即返し」なんて失礼なことをすれば相手を怒らせてしまう。しかし、彼女にとっては、内祝いをさせることが常識外れやマナー違反になる。

 

そうは言われても、はっきりした理由なんて知らない。
知人のインドネシア人も彼女の意見に全面的に賛成していたから、内祝いをする意味が分からなかった。でも、そんな面倒な習慣があることには、それなりの理由があるはずだと考え、ボクに質問をしたという。
そうは言われても、こっちもはっきりした理由なんて知らない。

「ホワイトデーと同じで、相手の好意に何のお返しもしなかったら、義理を欠くことになって関係に小さなヒビが入るからじゃないの? 親も立場も悪くなるし」

と何となく答えた。

東日本大震災で台湾に支援を受けたら、台湾の災害時には日本が支援をする。1890年に遭難したエルトゥールル号のトルコ人を助けると、100年後にトルコがイランで困っていた日本人を助けてくれた。
こういう100%の恩返しなら世界中にある。しかし、内祝いのように、何割かを返すという手間のかかる文化は外国人には理解がむずかしい。日本人でも「謎」「なくなれ」と思う人がいるのだから。

 

アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクト(1887年 – 1948年)は、著書「菊と刀」で、日本人の考え方や文化を欧米人に説明した。
彼女によると、日本人は「義理」という考え方をとても大切にするが、「これに相当する言葉は英語には全く見当たらない」という。それに近い言葉に「義務」がある。しかし、欧米社会の義務と日本人の義理はまったく別の概念だ。
ルース・ベネディクトは、日本人は恩を受けたら義理が発生し、必ず返さなければならなくなり、「大ざっぱにいえば、契約関係の履行ということができる」と分析した。

また、仏文化人類学者マルセル・モースが「贈与論」で次のように書いている。

「友に対しては、こちらも友であらねばならない。贈り物をもらったら贈り物でお返しせねばならない。笑いに対しては、笑いを返さねばならない」

誰かにプレゼントをもらったら、自分もプレゼントを返す。お互いに贈り物をし合う習慣について、モースは共同体を維持するために必要なシステムと考えた。
日本の内祝いもきっとそれと同じだ。贈り物をする機会をあえて増やすことで、周囲との関係をより良いものにする。プレゼントをもらったら「恩」が発生し、それを返さないと義理を欠いて「契約不履行」となるから、人間関係の維持が困難になる。
そもそも外国人には「義理」の概念が分かりづらい。内祝いはそれに基づいた日本の文化だから、インドネシア人には腹が立つほど意味がわからなかったのだろう。

 

 

日本 「目次」

【ルペルカリア】バレンタインの起源? 古代ローマのエロ祭り

日本とトルコの良き関係:和歌山の恩を100年後、イランで返す

外国人には謎? 日本人の「義理」という心情

【お疲れ様】台湾人と英国人が、“丁寧すぎる日本人”に違和感

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