カースト制度のいま
「インドのCCB」とはカレー、カースト、仏教を意味していて、この3つは日本で知らない人がいないほど有名だ。
今回はその中のカースト制度を取り上げる。
バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの4つの身分をまとめて「カースト」と呼ぶ、と記憶している人もいるかもしれない。
しかし、その情報は少し古く、現在の教科書では「ヴァルナ」と表記されている。
くわしいことは「カースト」をクリックして確認してほしい。
ここでは、まだ日本では「カースト」の名称のほうが広く知られているので、こちらの言葉を使うことにする。
現在のインド憲法ではカースト制度そのものは容認しているが、それによる差別は禁止されている。
「不可触民」のいま
カースト制度における最下層の人たちは、かつて「不可触民」と呼ばれ、差別的な扱いを受けていた。
「触れると穢(けが)れる」という差別意識から、彼らが朝と夜に歩くことを禁止していた村(町)があったと聞いたことがある。
その時間帯は影が長く伸び、「不可触民」以外のカーストの人の足に触れるかもしれないから、という理由からだ。
現代のインドでは、彼らは「ダリット」と呼ばれることが多い。
名称が変わっても、都市部から離れた小さな村では、まだまだ差別が根強く残っている。
最近も、パンジャーブ地方のある村で、2人のダリットが携帯電話を盗んだという疑いをかけられ、村人から激しい暴行を受け、服を脱がされてさらし者にされる事件があった。
この出来事が明らかになり、いまインド国内で怒りが広がっている。
クリーン・インディア政策
さて、インドでは長い間、そこらの野原で用を足す「屋外排泄」が習慣化されてきた。
政府がこれを問題視し、2014年から全国にトイレを普及させ、屋外排泄を根絶して衛生状態を改善するための取り組みを開始した。
これを「クリーン・インディア政策」という。
しかし、ここでもカースト制度が障害となった。
なぜなのか。
以前、インドを旅行していて、下のようなトイレを何度も見かけた。

靴を履いたまま便器に上がり、しゃがんだ姿勢で排泄をするのだ。
靴がすべらないように、表面にはギザギザの加工がされている。
それなら和式トイレのように床でしゃがむか、洋式のように便器に座ってすればいいのに。
なんで、あえてこんな仕様にしたのか。
後でインド人に聞いた話では、これもカースト制度に関係している。
上位カーストの人たちは、下位カーストの人と間接的にでも触れると「穢れる」と考えていたため、直接肌が便器に触れない仕組みにしたのだという。

急速な経済成長と「屋外排泄」の現実
近年のインドは、IT産業などで急速な経済成長を遂げている。
Microsoft、Google、YouTubeといった世界の巨大IT企業のCEO(最高経営責任者)もインド人(インド系)だ。
その一方で、農村部の発展は遅れている。
2011年の調査では家庭の約70%にトイレがなく、多くの人が草原や川原で屋外排泄をしていることがわかった。
屋外での排泄は、他人に見られて恥ずかしい思いをするだけでなく、さまざまな危険も潜んでいる。
毒蛇に噛まれて死亡する人がいるほか、性的暴行の被害に遭う女性もいる。
さらに、不衛生な環境は下痢やコレラなどの感染症を引き起こし、子どもが命を落とす原因にもなっている。
「今のインドにはお金があるのだから、国がトイレをバンバン作って農村部に設置すればいいのに」と思うかもしれないが、話はそう単純ではない。
サハラ砂漠以南のアフリカの農村部では、平均してインドの農村部の人よりも貧しく、教育水準も低い。
それにもかかわらず、屋外で排泄する人の割合は約35%と、インドの半分以下だ。
また、戦後にインドから分離独立したバングラデシュでは、農村部で屋外排泄をする人はわずか5%しかいない。
つまり、インドの人たちが屋外排泄をするのは、「貧しいから」でも「文字が読めないから」でもないのだ。
公共の簡易トイレがあっても、あえて使わずに外で用を足す人がたくさんいる。
一体なぜなのか。
宗教的な「清浄」と「不浄」のこだわり
その大きな原因は、ヒンドゥー教の「清浄」と「不浄」に関する強いこだわりにあった。
アメリカの国立衛生研究所(NIH)が公開しているウェブサイトに、「インドの農村における屋外排泄の理解」と題する論文がある。
その調査によると、インドの農村部で広まっている屋外排泄は、貧困や教育レベルの低さに起因するものではないことが分かった。
そうではなく、清浄や穢れ、カースト制度、そして不可触民に関する信念や価値観、社会的規範のせいで、人びとはトイレの使用を拒否していたのだ。
but rather to beliefs, values, and norms about purity, pollution, caste, and untouchability that cause people to reject affordable latrines.
彼らには「穢れ」の意識が強くあったため、自分より低いカーストの人と同じトイレを使いたくなかったのだろう。
対照的に、屋外での排泄はむしろ「清浄」な行為とみなされているという。
物質的な「汚れ」と、宗教・精神的な「穢れ」は違うのだ。
原因はほかにもある。
インド政府が補助金を出して作れるような安価なトイレは、しゃがんで用を足す「汲み取り式」だ。
インドでは伝統的に、トイレ掃除のような「不浄」とされる仕事は、一番下の身分であるダリット(不可触民)に押し付けられてきた。
しかし近年では、ダリットの人たちが「もうそんな差別的な仕事はしたくない」と清掃を拒否し、別の仕事を求めることが増えている。
その一方で、上位カーストの人たちは「ダリットがやるような清掃作業をするのは屈辱的だ」と考え、自分たちでトイレ掃除をやろうとしない。
だから、せっかくトイレを設置しても掃除をする人がおらず、放置されて使われなくなってしまうことも多い。
そのため、先ほどのサイトでも、「インドの農村部でトイレを普及させる上で最大の壁となっているのは、不可触民制度という特異な歴史と、その慣習が今も続いていることだ」と指摘している。
意識改革という難問
結局、この問題を解決するためには、村人たちの「穢れと清浄」や「不可触民に対する意識」そのものを変える必要がある。
しかし、インドの農村部では全体的に教育レベルが低く、千年以上も続いてきた価値観が根強く残っている。
今でも窃盗の疑いをかけられただけで、村人からリンチを受け、さらし者にされる事件が起きるほどだ。
啓蒙活動によってこうした価値観や意識を変え、人々の心を本当の意味で「清浄」にするのは、トイレを設置することよりもずっと時間がかかり、困難なことだろう。
それでも、「クリーン・インディア政策」は目覚ましい結果を出している。
UNICEF(国連児童基金)とWHO(世界保健機関)によると、インドの2024年における屋外排泄率は6.73%にまで激減した。
とはいえ、世界平均の屋外排泄率である4.34%(2024年)と比べると、インドの数字はまだ高い。
「カーストの壁」を乗り越えるための取り組みは、今も続いているのだ。

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