インドの象徴といえば?
「インドで思い浮かぶものは?」と聞かれて、「佐々井秀嶺(しゅうれい)」と答える日本人はかなりレア。

一般的には、きっと「カレー」という答えが1位になるだろう。
もちろんカレーライスではなく、カレー&ナンのインドカレーのほうだ。
そして「インドの象徴といえば?」と聞けば、1位にくるのはタージ・マハルだろう。
17世紀、ムガル帝国の第5代皇帝シャー・ジャハーンが、最愛の妻ムムターズ・マハルを亡くし、彼女のために20年以上の年月をかけて建設した世界一豪華な墓、それがタージ・マハルだ。
世界的にもインドのシンボルといえば、この墓を思い浮かべる人が多いはず。
AIに英語でタージ・マハルについて聞くと、こんな答えが返ってきた。
・インドの象徴として世界的に知られている。
・インドの歴史と文化を象徴する存在であり、インドの誇りとなっている。
英語版ウィキペディアの見方も同じだ。
・インドにおけるイスラム芸術の至宝であり、世界遺産の中でも傑作のひとつとして世界的に賞賛されている。
・ムガル建築の最高傑作のひとつであり、インドの歴史の象徴とされている。
歴史的に日本とタージ・マハルに接点はないが、こんなエピソードがある。
第二次世界大戦時、インドを支配していたイギリスは日本軍がこの至宝を爆撃すると考え、カモフラージュした。
なぜ英国は「日本軍がタージ・マハルを爆撃する!」と思ったのか?

日本軍による爆撃を想定し、足場を組んでタージ・マハルを分かりにくくした。
タージ・マハルはインド文化の「汚点」?
「世界七不思議」の一つに選ばれたタージ・マハルは、まさにインドの文化やアイデンティティを象徴する存在だ。
…と思っていたけれど、インド人に聞いてみると、「それは言い過ぎ。そこまでではない」とそっけなく答える人もいる。
象徴どころか、なかにはインド文化の「汚点」と言い切った人もいるのだ。
なぜなのか。

「インドカレーの定番はナン」というのは日本の話。
ナンは実はインド生まれではなく、イランで誕生したと考えられていて、10世紀以降にイスラム教徒によってインドへ伝えられた。
インドではカレーとチャパティを食べることが一般的だ。
だから、日本に来て初めてナンを食べたというインド人もいる。
大きくてフワフワの日本のナンを開発したのはネパール人らしい。


1860年代のタージ・マハル
“嫌われる”背景にあるインドの宗教対立
インドには「ヒンドゥー教の国」という印象が強いが、じつは国内には2億人を超えるイスラム教徒がいる。
人口でいえばインドネシア、パキスタンに次ぐ世界第3位のイスラム大国でもあるのだ。そのため、インドでは昔から、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の宗教対立が続いてきた。
インドはヒンドゥー教徒が多数派だが、タージ・マハルを建設したムガル帝国はイスラム系の王朝だ。
近年、ヒンドゥー至上主義の勢力が台頭してきて、イスラム王朝の遺産への風当たりが強まっている。
観光パンフレットから消された世界遺産
象徴的なのが2017年の出来事だ。
タージ・マハルがあるウッタル・プラデーシュ州が発行した観光パンフレットには、なんとタージ・マハルがなかったのだ。
世界的に有名な観光スポットが外されるという、ある意味「世界七不思議」よりも不思議なことが起こったのだ。
理由は明らかにされなかったが、前後の状況から「答え合わせ」はできる。
まず、同州の首相はヒンドゥー至上主義者で、「インド文化を代表するものは(ヒンドゥー教の聖典である)ラーマーヤナとギーターであり、タージ・マハルではない」と言っていた。
また、あるウッタル・プラデーシュ州の議員は、タージ・マハルを建設した皇帝シャー・ジャハーンについて、「彼はヒンドゥー教徒を根絶しようとした」と非難し、そんな人物をインドの歴史の一部と認められないと話した。
そして、世界一有名なあの墓を「インド文化の汚点」と言い放ったのだ。
くわしいことは『インディア・トゥデイ』の記事(Oct 17, 2017)を見てほしい。
Taj Mahal a blot on Indian culture, says BJP’s Sangeet Som; Owaisi asks if Modi, Yogi will ban tourists
こうしたことを踏まえると、観光パンフレットにタージ・マハルが含まれなかったのは、反イスラム感情が要因になっていると考えて間違いない。
タージ・マハルに批判的な声
以前、SNS上で誰かが次のような質問をした。
「インド人として、タージ・マハルについてどう思う? 愛国心とインド文化の象徴?」
それに対して、肯定的な意見もある中で、タージ・マハルを否定的に考える人たちが少なからずいて、こう答えた。
・ムガル時代の建築物は全体的に好きではない。
それらをインドの象徴として、他の建造物よりも優先されたり、重要視されるべきではない。
ヒンドゥー教徒として、ヒンドゥー教の聖地を訪れる代わりにタージ・マハルに行くことは絶対にない。
デリーに行ったときに、クトゥブ・ミナールに行く気にもなれなかったのと同じだ。
※クトゥブ・ミナールとは、1200年ごろにイスラム王朝がヒンドゥー王国を破ったことを記念して建てられた、インドで最も古いミナレット(塔)のこと。
ヒンドゥー教に対するイスラム教の「勝利」の意味が込められている。
ヒンドゥー教の寺院を破壊し、それを資材としてクトゥブ・ミナールが建設された。
・タージ・マハルは決してインドの象徴ではない。
しかし、私たちは侵略者がインドへの勝利を祝うために建てたミナレット(クトゥブ・ミナール)を誇りにしている。
もしこの論理が正しいなら、インドでは「何でもあり」になる。
タージ・マハルをインドの愛国心の象徴として、祝うこともできるだろう。
・皇帝シャー・ジャハーンによって建てられたタージ・マハルは、ムガル帝国の優位性を示し、現地の人々を威嚇(いかく)するための建造物だった。
・私はインド出身だが、タージ・マハルは実際には私たちを正確に表しているとは思わない。
・いや、それはインド文化の象徴ではなく、愛国心の象徴でもない。実際のところ、それは何も象徴していない。
南北インドの「地域格差」
また、宗教だけでなく「地域格差」も大きく影響している。
インドは日本の約9倍もある広大な国で、歴史や伝統的には大きく南北に分けられる。
南インドの人たちからすると、北部のタージ・マハルは遠すぎて実感がわかず、関心も薄いらしい。
南インド人に話を聞くと、南インドにもすばらしい建築物がたくさんあることを挙げ、北部の建造物だけが注目されるのを不満に感じる人もいる。
なかには、「タージ・マハルへ行くくらいなら、同じタミル人が多く住むマレーシアやシンガポールに行きたい」と語る南インド人もいた。
多様性の国インド
正確な数字は知らないが、インド人全体では、タージ・マハルをインドの象徴や誇りであると肯定的に考えている人が多いと思う。
とくに北部にいるイスラム教徒はそう考えているはずだ。
しかし、タージ・マハルを「愛の象徴」とみる人がいると同時に、タージ・マハルを「インド文化の汚点」と嫌悪する人もいる。
インドは多様性の洪水のような国だ。
さまざまな価値観や文化が混在しているから、「インドでは〜」とひと括りにして話すことはむずかしい。
とくにアイデンティティや愛国心に関わることでは妥協できないから、合意や一致はさらにむずかしくなるのだ。

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