日本と韓国の共通文化 「立春大吉」に込められた招福と魔除け

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日本と韓国の共通点

10年以上前、東京を旅行中に、古書店街として有名な神保町を歩いていると、こんな古書が目に入った。

 

 

『宋名臣言行録』の著者は、12世紀の中国に生まれた朱熹(しゅ き)という儒学者だ。
彼は、北宋(960年 – 1127年)の時代にいた名臣たちの言動をこの書にまとめた。
中国・日本・韓国では、トップが学ぶべき「帝王学」のテキストとして有名で、明治天皇も愛読していた。

この書の内容は、現代の日韓中にも通じる。
たとえば、「立派な人物は同じ志をもつ者を友人とし、つまらない人物は同じ利益をもつ者とつき合う」と、君子と小人の「格」の違いを明確にしている。目先の金で動く人間は、今の価値観からみても「ザコ」っぽくて、尊敬は得られない。

…と、ここまで読んで、違和感を感じた人はするどい。じつは、上の写真は東京ではなく、韓国のソウル市内を歩いていたときに本屋で見つけて撮ったものだ。

歴史的に、日本と韓国は中国から大きな影響を受けたから、このように既視感(デジャヴ)を感じる光景を目にすることがある。

「立春大吉」

一年を24の季節に分けた暦(二十四節気)では、「立春」から春や一年が始まるとされている。今年は、先日2月4日が立春だった。
大寒(だいかん)から立春までが一年でもっとも寒さの厳しい時期になる。立春をすぎたあたりから少しずつ寒さがやわらぎ、春の気配が近づいてくる。
ちなみに、大寒の期間に産まれた卵は「大寒卵」と言われ、縁起のいい食べ物とされている。
さらにちなむと、立春から春分までの間に、初めて吹く暖かい南寄りの強い風が「春一番」だ。

さて、話を大寒から大韓へ移そう。
韓国を旅行中、ソウルで伝統的な家屋(韓屋)の門で下のお札を見かけた。

 

 

「春が立つ」とは新春の始まりを意味し、「大吉」は最大の幸運を表している。新しい年が幸せに満ちたものになることを願って、家の入口や柱に「立春大吉」の札を貼って縁起かつぎをする。

「左右対称」の理由

重要なポイントは「左右対称」であること。縦書きにして見ると、それぞれの文字の左右が完全に一致していることがわかる。さらに、裏から見ても同じに見える。
その理由について、東洋大学の設立者で哲学者だった井上円了は著書『妖怪学』でこう書いた。

「立春大吉の文字を書したる札を、年始に当たりて門柱などにはりつくるは、その文字が表より見るも、また裏より見るも同一の文字なるがゆえに、裏表の別なく均々幸いあるを祝するものなり」

つまり、左右対称であることで、「誰にとっても平等に幸せが訪れますように」という願いが込められているらしい。

韓国では今でも、一般の家や店などでこの札を貼る習慣がある。それを見ると、厳しい寒さの中でも、韓国の人びとが春の訪れを心待ちにしている気持ちが伝わってくる。
日本では昔、禅宗の寺の門でこの札を貼る習慣があり、それが全国に伝わったとされる。これは、中国に由来する日韓の共通文化だ。

鬼を混乱させる「立春大吉」のトリック

この札はとても優秀だ。幸運を招くだけでなく、災いを追い出す役割も果たしている。「立春大吉」の四文字には、魔物を家に入れないための「トリック」が隠されているのだ。

ここでの注目ポイントは、表から見ても裏から見ても同じように読めるという点。これには、こんな言い伝えがある。

新年早々、不幸をもたらす鬼が「幸せがほしいだと? 舐めたこと言ってんじゃねえ」と、立春大吉の札が貼ってある家に侵入する。しかし、その鬼がふと振り返ると、外で見たときと同じように「立春大吉」の文字が見える。
そのため、「あれ? 俺はまだ家に入っていなかったのか」と勘違いして、鬼が外へ引き返す。

「立春大吉」の四文字が鬼に錯覚を起こさせて、自分から出ていくという話から、厄除けとして家の入口に貼るようになった。

井上円了はこうも言っている。

「四神之御札の図を四方の柱にはれば、火難、盗難、その他一切の厄難を免るべしといえるは、これけだし、四方より入りくる悪魔を防ぐの意なり」

ただし、韓国でも日本と同じ魔除けの話があるかは分からない。

「遠くて近い」隣国の姿

日本と韓国には「歴史認識」という深い溝があり、これまで何十年も政治家や学者が話し合ったが、違いを埋めることはできなかった。だから、一般人はこの話題に触れないほうがいい。
しかし、政治的には対立していても、両国には共通の文化があり、お互いに親しみを感じることができる。日本に住んでいたインド人は韓国を旅行して、「まるで日本の街を歩いているみたいだった」と感じたという。
日韓は「遠くて近い国」なのだ。

 

【おまけ】韓国社会に深く根付く「朱子学」の教え

『宋名臣言行録』を書いた朱熹は、儒教の本質を深く探求し、「新儒教」といわれる朱子学をはじめた。朱子学は日本にも影響を与えたが、朝鮮半島に対する影響は次元が違う。

1392年に成立した朝鮮は、それまで高麗の国教だった仏教を排除し、朱子学を唯一の正しい学問とした。その後、500年以上もの間、朱子学は朝鮮の人びとの暮らしに広く深く浸透していった。

現代の韓国でもその影響は色濃い。たとえば、目上の人の前では少し横を向いてお酒を飲むマナーがある。これは、年長者を敬うという朱子学の礼儀作法が、今も文化として生き続けている証拠だろう。

 

 

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この記事を書いた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。
また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。

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