「礼に始まり礼に終わる」のが日本の武道なら、Aから始まりZで終わるのが英語のアルファベット。この「Z」という文字について、日本には世界的に有名な話があることを読者諸兄はご存知だろうか。
日本人にとって、「Z」には特別な意味が込められている。

ロシアの南下政策と日露戦争の背景
ロシアは恐ろしいほど寒く、一年中使える港がなかった。
(でも、ロシア人に言わせると、静岡県西部の冬はロシアと同じぐらい寒いらしい。)
19世紀、巨大な帝国であったロシアは不凍港を求めて南下し、西はクリミア半島、中国東北部(当時の満洲)のあたりにまで進出してきた。そのため、当時の日本人がそれに強い脅威を感じていた。
そんな国民感情が上の地図に表れている。これは、慶應義塾の塾生がロシアを風刺し、足を伸ばすタコの姿にして描いたもの。
そして、ついに日本と全面衝突することとなる。
栄光の象徴:日本海海戦と東郷平八郎が掲げた「Z旗」
1905年、日露戦争の「天王山」とも言える重要な局面が訪れた。それが日本海海戦だ。
圧倒的な軍事力を誇るロシアのバルチック艦隊との決戦に向かう直前、連合艦隊司令長官の東郷平八郎は、自身の乗る戦艦「三笠」にある旗を掲げた。
それが「Z旗」で、それは「皇国ノ興廃此ノ一戦二在リ各員一層奮励努力セヨ」を意味していた。
「日本が栄えるか滅びるかは、まさにこの戦いにかかっている。全員、死にものぐるいで戦ってくれ!」といった意味だろう。
アルファベットで最後の文字である「Z」には、「この戦いに敗れたら、もう後はない」という不退転の決意が込められていたのだ。
決戦の覚悟を伝える「Z」の文字
これから決戦に向かう兵士たちは、三笠にたなびく「Z旗」を見て、東郷平八郎の強い決意を知った。そこで彼らは自らの覚悟を決め、歴史に残る激戦に挑んだ。
この海戦は日本の完全勝利に終わり、世界中を驚かせた。あるイギリスの海軍研究家は、日本の快挙を次のように絶賛している。
「なんと偉大な勝利であろう。自分は陸戦においても海戦においても歴史上このような完全な勝利というものをみたことがない」
※日本人として、「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊はただちに出動これを撃滅せんとす。本日天気晴朗なれども波高し」という名文もぜひ知っておいてほしい。
世界が驚愕した日本海海戦!「本日天気晴朗なれども波高し」の意味とは?
国際信号旗としての「Z旗」と日本独自の意味
もともと、海の上で使われる「国際信号旗」としてのZ旗には、「曳航(えいこう)を求める」といった事務的な意味しかなかった。
しかし、日本海軍はこの日本海海戦で大勝利を収めたあと、重要な艦隊戦の際には勝利を願う象徴としてZ旗を掲げるのが慣例(お約束)となった。

左上に「Z旗」が見える。
ネルソンの信号に匹敵する「伝説的信号」
東郷平八郎が掲げたこのZ旗は、世界でどのように評価されているのか?
日本海海戦は世界史における「奇跡」とされているから、英語版のウィキペディア「Z flag」の項目には、次のような説明がある。
「one of the two most famous naval flag signals」
(最も有名な2つの海軍旗信号のうちのひとつ)
もう一つの有名な信号とは、1805年の「トラファルガーの海戦」でイギリス海軍のネルソン提督が送ったものだ。ネルソンはこの戦いでナポレオン軍の侵略から祖国を守り抜き、自身は戦死して伝説となった。
イギリスの英雄ネルソンと並び称されることは、東郷平八郎とZ旗に対するこれ以上ない賛辞だと考えていい。
東洋の小さな島国が、当時の大国ロシアのバルチック艦隊を圧倒した。その事実を踏まえて、「兵士の戦意を最高潮に高めた見事なリーダーシップの象徴」と高く評価する欧米の軍事専門家もいるという。
現代に受け継がれる「Z」の精神
戦後になっても、日本人にとって「Z」という文字には特別な意味が込められていた。その代表例が、日産の名車「フェアレディZ」だ。
この車の生みの親である片山豊氏がスポーツカーの開発チームに、応援のメッセージとして「Z旗」を送った。「日産の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」とやる気を引き出したかったのだろう。
現在の日産のホームページには、フェアレディは「美しいお嬢さん」を意味し、Zは「未知への可能性と夢を意味するサブネーム」という説明がある。(車名の由来)
日本がこれから「絶対に負けられない戦い」を迎えたときには、「Z旗」を掲げて戦意をこれ以上ないほど上げてもいい、ということはなく、そんな必要のない平和な日々が一番だ。しかし、そんな決意で、日本を守った先人たちの思いは風化させてはいけない。
参照:防衛省HP 必勝の旗「Z旗」
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