なぜ将軍は天皇を倒さなかったのか――ヤドカリでわかる二重支配の仕組み

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西洋人を悩ませた日本独特の政治システム

幕末、日本へやってきた西洋人たちは、未知の政治システムと直面して戸惑い、イライラさせられた。
条約について幕府と何度も交渉し、ようやくまとまったと思ったら、「天皇の許可(勅許)が必要だから、それがくるまで待ってほしい」と言われて時間をムダにされる。
彼らにとって、実権を持つ徳川将軍がトップではないという構造は、極めて理解しがたいものだった。

日本では、武士が政治の実権を握っていた時代でも、天皇という存在はずっと続いてきた。「権威」と「権力」が切り離され、天皇と将軍による二重統治は世界の歴史には存在しなかったから、西洋人にはこの政治制度が分かりにくかった。

これから、そんな複雑な関係を「ヤドカリと貝殻」に例えて説明していこう。

将軍は「中身」、天皇は「守ってくれる貝殻」

ヤドカリはエビやカニと同じ仲間(甲殻類)だが、大きな違いがある。エビ&カニは硬い甲羅で全身が覆われているのに対して、ヤドカリは、やわらかいお腹の部分がむき出しになっている。防御力はゼロに等しいから、自分の体に合った貝殻(死んだ巻貝)を見つけてそこに入ってお腹を隠す。

貝殻を背負って生きる様子から、彼らは「宿を借りる」という意味で「宿借(ヤドカリ)」と呼ばれるようになった。
ヤドカリにとって貝殻は、単なる家ではなく、自分を外敵から守り、生きていくために絶対に必要なものとなっている。
そんなヤドカリさんを日本の歴史で例えると、将軍と天皇の関係とよく似ている。一見すると強大な武力を持つ将軍がすべてを支配しているように見えるが、それを可能にするには、天皇という強固な「器」が欠かせなかった。

 

 

見るからにやわらかそうなお腹

 

鎌倉時代から江戸時代まで、強力な軍事力を背景に、日本の最高実力者として政治を動かしていたのは将軍だった。しかし、将軍はあくまで「武士のリーダー」に過ぎず、日本最高の権威をもつ天皇を超えることはできなかった。

そもそも、天皇から「征夷大将軍」に任命されて、初めて正式な「将軍」になることができたわけで、自力で勝手に将軍になることはできなかった。
日本は、力(武力)だけで支配できる国ではなかったのだ。そんなことをしたら、他の武士たちも立場は同じだったから、反乱を起こされるリスクがあった。

そこで将軍は、天皇という「権威」という名の「貝殻」を必要としたわけだ。
天皇から将軍という役職をまかされることで、「公認のリーダー」としての権威をいただき、それを身にまとうことで自身を守ろうとした。
ヤドカリが貝殻なしでは生きられないように、将軍も天皇という後ろ盾がなければ、自分の支配に正当性をもたせ、周囲に納得させることができなかったのだ。

なぜ将軍は天皇を「消す」ことがなかったのか

ヤドカリは成長して貝殻が窮屈になると、新しい貝殻を探してそこに入る。それを繰り返して生きている。ヤドカリは、貝殻という仕組みそのものを捨て去ることはない。それは外敵に自分を晒す自殺行為だ。

日本の将軍たちも、天皇を邪魔だと思うことはあっただろうが、二重統治体制を消し去ろうとはしなかった。彼らはつねに天皇の臣下でいて、それ以上の地位を望まなかった。
時代が変わっても、そんな武家政権の姿勢は一貫している。

鎌倉幕府と承久の乱

鎌倉幕府:源頼朝が幕府を樹立し、その後の承久の乱で幕府軍が朝廷の軍に勝利し、朝廷に対する幕府の優位性を決定づけた。しかし、天皇制を廃止することはなく、自分たちに都合の良い新しい天皇を立てるだけにした。

これはまさに、ヤドカリが自分に合う貝殻を選び直す行為と同じだ。

日本の「奇妙な特徴」 天皇と将軍による二重統治体制

日本の「奇妙な特徴」――二重統治体制

室町幕府:3代将軍の足利義満はとくに強い権力を持っていたが、それでも自身が天皇になることはなかった。室町将軍は天皇から高い地位をもらうことで、自分の立場を固めた。
足利義満は「日本国王」とも称され、公家の頂点である太政大臣にもなった。しかし、天皇を中心としたシステムの外へ出ることはなかった。

江戸幕府:法律(禁中並公家諸法度)を定めて天皇の行動を厳しく制限し、お坊さんに袈裟を与えることさえ禁止したが、将軍が天皇の上位互換になることはなかった。
鎌倉、室町幕府に比べれば、天皇という「貝殻」を厳重に管理したが、それを脱ぎ捨てることはしなかった。「将軍は天皇に任命されるもの」という形式を維持していた。

「弱き者よ、汝の名はミカド」 江戸時代の天皇と将軍の関係

天皇と将軍の共生関係

将軍が日本の政治を動かすことができたのは、「天皇に認められた唯一の存在である」という一点にある。だから、もし天皇の存在を無せば、それは自分を守っている「正義の根拠」を自ら破壊することになる。だから、将軍はこの共生関係を維持していた。

この関係はヤドカリとそっくりだ。
ヤドカリは自分の身を守る自前の殻を持たず、他者が作った貝を利用して生活する。将軍もまた、天皇という権威を背負うことで、自分の政権を守っていた。どんなに武力があっても、それだけでは「正しい統治者」にはなれなかったのだ。

幕末、貝殻を失った将軍

しかし、幕末になるとこのバランスが崩れる。天皇が将軍から離れ、薩摩や長州藩の味方をしたことで、将軍(幕府)は「正義の味方」から「逆賊」へと転落し、滅ぼされた。

ヤドカリが自分を守るための宿(貝殻)を失い、さらにそれを敵に奪われたら、当然そうなるしかない。日本の歴史とは、この「権威の貝殻」の争奪戦だったともいえる。

 

 

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この記事を書いた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。
また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。

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