今回の登場人物はハンガリー人とポーランド人だ。
2人とも20代の男性で、留学生として静岡の大学に通っていたが、今年の春に帰国した。
以前、彼らをお寺に案内して、その後に話を聞いたので、これから日本の仏教と西洋思想(キリスト教とギリシャ神話)の比較について書いていきたい
東西の比較:聖域を守るもの
ーーさっきの寺の入口の屋根に、背中が反り返った魚みたいな像が2つあったのを覚えているか?

ポーランド人(以下、ポ):あったね、ボストンクラブ(逆エビ固め)をくらって苦しそうなやつ。
あれは何だったんだ?
ーーいや、日本には、そんなプロレス技をかけられている魚を屋根に置く文化はない。
あれは「鯱(しゃち、しゃちほこ)」という火除けだ。
寺が火事になったら、口から水をピューっと出して火を消してくれるらしい。
ハンガリー人(以下、ハ):日本の伝統的なスプリンクラーか。
ーーその下にあったのは獅子で、あれはきっと魔よけだな。
ハンガリーとポーランドはキリスト教(カトリック)の影響が強いんだろ?
教会にもそんな「魔よけ」みたいなものはあるのか?
ポ:考えたことはないけれど、教会にはよく十字架があるから、それが聖域を守る役割を果たしているんだろうね。
ハ:あと、天使や聖人の像も教会を守護していると思う。
ーーなるほど。
日本では幻獣に聖域を守らせて、キリスト教では神の使いや聖人がそれをしているってことか。
ポ:でも、ちょっと不思議なんだよな。
邪悪な存在が自分から、わざわざ神聖な空間に近づくのかな。
日本の寺や神社には、どんな魔物が何のためにやってくるんだ?
ーー…。そこまで具体的に考えたことはなかった。
ネットで調べたら、悪霊や邪気がお坊さんの修行を邪魔しないように、「魔よけ」を設置しているらしい。

賽の河原とシーシュポスにみる「究極の罰」

「賽の河原(さいのかわら)」は日本仏教にある考え方で、インドや中国の仏教には存在しない。
ーー寺の中で日本の仏教について説明したんだけど、西洋の思想と似ている考え方とか、違う点とかはあった?
ポ:そりゃあ、あったね。
あの寺に子どもが行く地獄の絵があっただろ。
ーーああ、『賽の河原』か。
親より先に死んだ子どもが行く地獄で、石を積んで塔を作るとそこから出られるってところだな。
ポ:でも、その塔が完成する寸前で鬼が塔を壊すから、子どもはまた最初からやり直さなきゃいけない。それをずっと繰り返す。
ギリシャ神話にそんな話があるんだよ。
ハ:それな。俺もその話を聞いて、あの話を思い出した。
ーー引っ張るなよ、早く教えろよ。
ポ:『シーシュポスの岩』って物語さ。
シーシュポスという王がいて、彼は神をだました罰として、巨大な岩を山の上まで押し上げるという苦役を命じられた。
ハ:で、山頂に近づいた瞬間、岩は下へ転がり落ちてしまう。彼は永遠に、その無意味な労働を繰り返し続けなきゃならないんだ。
ーーそうか、「報われない努力」って意味では『賽の河原』と同じだな。『シーシュポスの岩』のほうが哲学的だけど。
ポ:人間が考える「究極の罰」ってのは、洋の東西を問わず「終わりのない苦行」なんだろうね。

岩を運ぶシーシュポス

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