日本のイスラム教徒と多文化共生の現状
中世のイスラム(アラブ)世界では、日本は「ワクワク」と呼ばれていた。

21世紀の今では、日本にやって来て、ドキドキしながら新しい生活をはじめるイスラム教徒は多い。
現在、日本には約40万人のイスラム教徒が住んでいるというデータもある。
日本の歴史や伝統において、イスラム教はあまり馴染みがなかったから、実際のところ、各地で「摩擦」が起きている。
イスラム教の集団礼拝を禁止した市川市
最近、千葉県市川市でイスラム教の団体が市に対して、伝統的な祭りである「犠牲祭」(イード)を公園でおこないたいと申請したところ、市側から「NO」を突きつけられた。
両者による話し合いの結果、「集団礼拝をしない」という条件で、市がイスラム団体に公園の使用許可をあたえて、一件落着した。
この犠牲祭は、イスラム教徒にとってアッラーへの強い信仰心を表すとても重要な祭りだ。

ネットの反応を見ると、ほとんどの日本人が市川市の決定を支持している。
知り合いのインドネシア人、パキスタン人、バングラデシュ人のイスラム教徒に聞くと、「残念ですが仕方ないですね」と消極的に市の決定を受け入れていた。
外国人からの反響:「政教分離」を支持する声
では、第三者の外国人はどう考えているのか?
日本に住んでいたり、興味や関心のある外国人が集まるSNSでこのニュースがシェアされると、たくさんの人がコメントをした。
名前と内容からすると、過半数は欧米人と思われる。
彼らの間でもっとも多い意見は、日本人と同じで「政教分離」だ。
「Religion has no place in public spaces」
(公共空間に宗教の居場所はない)
という理由から、以下の結論に達した。
「I fully agree with the Mayor ruling」
(私は市長の判断に完全に同意する)
それでは、洪水のように寄せられた外国人の意見(原文は英語)を、内容ごとに整理してみてみよう。
ただし、以下のコメントはボクが確認したものだけで、分母(対象)を広げたら違った結果になるかもしれない。
外国人コメントの分類と紹介
① 市の対応を支持|ルールや公共性を重視
先ほども書いたが、もっとも多い外国人の意見は「聖と俗をしっかり分けるべき」というものだった。
・公共/市民空間は公共利用の場であって、宗教的な拠点や活動のためではない。
・公園、歩道、都市の広場などの公共空間は信仰や文化に関係なく、すべての市民の自由な移動や楽しみのために設計されている。
・この決定から、わたしたちは教訓を得ることができます。
・公共の場所ではなく、自分の家で祈れ。以上。
・公共の場で組織的な宗教実践をおこなうと、道路をふさぐなどしばしば市民の日常生活を妨げる可能性がある。
・モスクで祈りなさい。公共の空間は一般の人々のためのものであり、特定のグループのためのものではありません。
・キリスト教徒は教会や家で祈り、また仏教徒は寺院で祈ります。路上や公共の場所はそれをするのに適していません。
・わたしは市長の決断を支持します。この禁止をこれからも続けるべきです。
・日本よ、ヨーロッパやイギリスの現状から学んでくれ。
・なぜ公の場で宗教的信仰を示す必要があるのか分からない。
・祈りの集会は、適切な場所や地域に限定されるべきです。
公共の公園は市民の憩いの場です。
組織されたすべての集会は、事前に当局から許可を得るべきです。どこにいても、規則や法律を尊重し、平和を求めましょう。
② 市の対応を支持| やや感情的
以下のコメントは、市長の決断を支持している点では上と同じだが、「嫌なら出ていけ」とかなり強い口調で言っている。
・集団礼拝の禁止は当然だ。誰も特権的な扱いを受けるべきではない。
その国のルールに適応するか、それが嫌なら去ればいい。
・世界にはイスラムの国がいくつもあります。もし、日本の規則が合わない場合は、彼らはそこで祈ることができます。
・もし彼らが日本のルールに従わないなら、自由に日本を出て行けばいい。日本に何をすべきか指図することはできない。
・彼らはすべて、自分が来た場所に戻ることができます。
③ 市に対する反発・批判
ほとんどイスラム教徒だと思われるが、集団礼拝を禁止した市に反発する人もいた。
・市長は間違った決定をしました。
・日本の憲法は信仰の自由を保証している。どの宗教団体の祈りであっても、それを禁止することはできない。
・日本よ、お前たちは第二次世界大戦でしたことを忘れたのか?
自由を奪い、アジアの人たちを迫害した。
お前たちはまた、とても悪いことをくり返しているんじゃないのか?
・これの一体何が問題なのか?
海外では、道路を封鎖して何百万人もの人たちが祈っているのに、何も起こらないぞ。
・日本人は何を恐れているのだろう?
人びとはただそこで祈り、終われば去るだけだ。
④ イスラム教徒からの穏健な意見
同じ神を信仰していても、一枚岩ではない。
イスラム教徒の立場から、同胞に対して市の決定を尊重するように促す声もあった。
・すべてのムスリム(イスラム教徒)へ、宗教を平和とともに保ち、平和を維持するために法律と規則に従ってください。
・信者から資金(寄付金)を集めてホールを借りて、2回のイードの機会には、適切な場所で祈りができるようにすればいい。
・「イスラム」とは平和を意味する。
イスラムに悪いイメージを与えないでほしい。
まとめ:多文化共生のカギは「柔軟性」
外国人のコメントを見ると、市長の決断を支持する人が8割以上で、批判的な人は1割以下だ。
ほとんどの人が、イスラム教徒に礼拝をする権利を認めているが、「それにはふさわしい場所がある」と考えている。
今回は、イスラム団体側が市の決定を受け入れ、礼拝はモスクの中でおこない、公園では屋台を出して、市民に珍しいエスニックフードを提供していた。
もちろん無料ではないだろうけど。
多文化共生では「郷に入っては郷に従え」が原則で、これは海外に住む日本人にも求められる。
外部から来た人たちがその国や地域の価値観を尊重し、自分たちの考え方を柔軟に変え、現地の文化に合わせた形にすることが重要だ。
市川市は個人的な信仰と文化交流を実現させ、その成功例を示した。
日本人が「ワクワク」するようなイベントにすれば、それは必ず受け入れられる。
今回の件がこれからのスタンダードになればいい。
ちなみに、外国人の意見の中には、グーグルからペナルティを受けそうなため、ここでは載せられない過激なものもたくさんあった。
「その公園に豚を放て!」とか「ヤツらをまとめて強制送還しろ!」といった声だ。
いま日本ではヘイトスピーチが社会問題になっている。
日本国内に住む外国人のコメントを見ていると、今回の件にかぎらず、自分と違うコミュニティに属する外国人に対するヘイトスピーチをよく目にする。
多文化共生というと、「日本人と外国人」と二分して考えることが多い。しかし実際には、在日外国人の中にもさまざまな意見がある。
イスラム教を知ろう! 「中東・イスラム」カテゴリーの目次 ①

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