避けられない「多文化共生」という未来
以前、とある韓国人が物価高について、「子どもの成績と父親の給料以外、韓国ではみんな上がっている!」と言って、「人口は減っているんですけどね」とため息をついた。
日本も同じように物価は上昇しつづけ、それと反比例するように人口は減少している。
そんな背景もあって、日本政府は外国人労働者の受け入れに積極的だ。
これに不満を感じる人もいるけれど、現実的にこの流れは止められない。
「多文化共生」は日本の避けられない未来だ。
もし国内で「排外主義」が高まれば、質の高い人材ほど日本以外の国を選ぶようになり、自分で自分の首をしめる結果になってしまう。
では、視点を変えて、日本に住んでいる外国人は日々の生活をどう思っているのだろうか。
9割以上の外国人が日本での生活に「満足」
先日、出入国在留管理庁が在日外国人を対象におこなった「令和7年度 在留外国人に対する基礎調査」の結果が公表された。
それによると、日本での生活に「満足している」と考えている外国人は、なんと91%もいた。
個人的な見方はそれぞれ違うだろうが、全体的には9割以上の外国人が日本での暮らしに満足しているのだ。
一方で、日本人は外国人との共存をどう考えているのか?
具体的なデータは分からないが、日本人の満足度が「90%」になることはなく、過半数に達するかどうかのせめぎ合いだと思われる。
日本で生活する外国人は、旅行でやって来た「お客さん」ではない。
多文化共生を成功させるには、日本人の満足度も上げて、お互いに「ウィン・ウィン」になる必要がある。
日本人の満足度も90%になれば、ハッピー&ハッピーの温かい関係になる。
そのためには、外国人側が日本社会に対して「思いやり」をもつことが重要になってくる。
ドイツ人が感動した「未来の迷惑」を想像するマナー
日本の社会の全体的な印象について外国人にたずねると、「静けさ」を挙げる人がよくいる。
具体的には、アフリカ、ドイツ、イスラエル、タイ、中国、インド、トルコなど、さまざまな国の人から「電車の中で乗客が音を立てないように過ごしていることに、母国との違いを感じる」といった話を聞いた。
その根底にあるのは、他者への配慮とリスペクトだ。
数年前、静岡の大学に留学していたドイツ人男性は、日本人の友人と東京を旅行中にこんな経験をした。
電車や地下鉄に乗ると、乗客が背中のリュックサックをお腹に抱えたり、手に持ち替えたりするのを見かけた。
(「リュックサック」はドイツ語由来の日本語だ。)
ヨーロッパでもスリ対策としてリュックを前に抱えることはよくあるから、「都市部は治安が悪いんだな。気をつけないと」と、彼は警戒レベルをヨーロッパ並に引き上げた。
でも、友人にその話をすると、「それもあると思うけど、一番の理由はそれがマナーだからだよ」と言われた。
リュックが後ろにあると、他人が邪魔に思っても気づかないし、自分が動いたときにぶつかることもある。
「防犯」よりも、周囲の人を不快にさせないためのマナーとして、そうしているのだと。
これはほんの一例で、日本人は小さな「未来の迷惑」を想像し、そうならないために行動する。
彼にとっては、そのさりげない配慮がとても日本的で、大きな魅力に映ったという。

1861年、攘夷派浪士の襲撃をうけて、ムチで応戦するオリファント(東禅寺事件)

「共同体」を優先してきた日本社会
1861年に幕末の日本を訪れたイギリスの外交官オリファントも、日本人の振る舞いを見てこう記している。
「個人が共同体のために犠牲になる日本で、各人がまったく幸福で満足しているように見えることは、驚くべき事実である」
オリファントが具体的に何を「犠牲」と考えたのかは分からないし、この表現は大げさで、実際には「我慢」ていどだったと思われる。
しかし、彼がそんな日本の様子に驚いたのは、西洋社会では反対に、みんなが自分の権利を主張し、世論(共同体)がまとまりに欠けていたからだろう。
一人一人が「我欲」をおさえることで社会全体の満足度が高まる傾向は、今の日本にも当てはまる。
「自分の思い」を優先する行動が摩擦を生む
個人的には、これからの日本は多文化共生社会になると考えている。
その視点からすると、SNSで気になる投稿をよく見かける。
オリファントの指摘とは逆の光景に遭遇し、あきれたり怒ったりしている日本人が多い。
例えば次のような事例だ。
・日本人が列をつくり、降りる人のために電車のドアの中央を空けて待っていたら、外国人が列から離れ、強引に前進して席に座ってしまった。
・エレベーターに乗るとき、外国人が降りる人の流れに逆らって進み、まわりの日本人が白い目で彼を見ていた。
・握手会で残り一枠になり、ある日本人が「じゃんけんで決めよう」と提案したら、1人の外国人が嫌がって受け入れようとしなかった。
・限定商品の販売で、日本人がマナーとルールを守っていたら、結局買うことができなかった。
(この手の問題が多発しているため、最近では転売対策として、マイナンバーカードを使った本人確認のシステムを導入しようとする動きもある)
以前、ファミレスでもこんな光景を見た。
昼ごろになって席が埋まりはじめたから、「そろそろ店を出ようかな」と思ったタイミングで、東南アジア系2人の外国人女性が入店。
店員が「こちらにどうぞ」と2人掛けの席に座ったかと思えば、2人はすぐに窓際の広い4人掛けのテーブルへ勝手に移動した。
お冷を持ってきた店員の表情からは、「あっ! マジかよ…」という心の声がリアルに伝わってきたが、その2人はたぶん気づいていない。
ランチタイムになれば店が混雑するのは世界共通だ。
彼女たちも分かっていたはずだが、「広いテーブルの方がいい」という自分たちの思いを優先し、店の事情を無視した。
個人差はあるが、こうしたシチュエーションでは、きっと外国人よりも日本人のほうが素直に店員の指示にしたがう。
経験から言わせてもらうと、自分の気持ちをおさえて店の都合に合わせる確率は、「アフリカ人≒アジア人<欧米人<日本人」という順で高くなる。
まとめ:多文化共生で大切なことは、お互いがハッピーになること
さまざまな国籍の外国人に日本の印象を聞くと、日本人のストロングポイント(強み)は「思いやり」にあるとよく感じる。
逆にいうと、文化の違いもあるが、実際のところその点で「ガッカリ」な外国人は多い。
ただし、日本人の伝家の宝刀である「思いやり」はもろ刃の剣でもある。
抑制的で周囲の状況に合わせて行動するため、「日本人が本当は何を考えてるのか分からない!」と不満を感じる外国人も多い。
多文化共生では、「自分の権利」や「自国の常識」を一方的に主張していたら、摩擦が絶え間なく生まれ、失敗する未来しか見えない。
外国人の生活満足度が 90%を超えている背景には、間違いなく日本人の思いやりがある。
次は外国人のターンだ。
日本に住む外国人には、この国の社会的なマナーやルールを理解し、人々の心情や事情に対する「配慮」が求められる。
「個人が共同体のために犠牲になる日本で、各人がまったく幸福で満足しているように見えることは、驚くべき事実である」
外国人が自分の気持ちをおさえ、共同体に合わせて行動することが増えれば、日本人の満足度も上がり、本当の意味での多文化共生、「ウィン・ウィン」の関係を築くことができるはずだ。

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