トルコのイスラム教徒
今回の登場人物はトルコ人だ。
トルコでは国民の99%以上がイスラム教徒で、社会にはイスラム教の影響がとても強い。
しかし、イスラム教では一般にお酒を飲むことが禁止されていて、サウジアラビアやイランなどのイスラム国家ではそうなっているが、トルコは世俗的な国でお酒を飲む人がよくいる。
日本に住む知人のトルコ人もその一人で、彼はイスラム教徒なのにビールを飲む。
でも、イスラム教で「汚れ」とされる豚肉は食べない。
ここでは彼の名前を「アルスラーン(仮名)」とする。
アルスラーンは静岡の大学を卒業して日本の会社に就職し、もう日本では5年ほど生活している。
今、彼が母国について恋しく思うのは食べ物らしい。

そんな彼に日本人と中国人(やタイ人)との違いを語ってもらった。

トルコの街
国際寮で起きた中国人とバングラデシュ人の「文化摩擦」
ーーアルスラーンは大学時代、いろんな国からきた留学生が住む「国際寮」にいたんだろ?
文化や価値観の違いから、トラブルは起きなかったのか?
アルスラーン:なんか起こってほしそうな聞き方をするけど、残念ながら、俺はトラブルなんて経験しなかった。
ーーそうか、じゃこの話題は終了だな。ホントに残念だ。
ア:でも、そんな話を聞いたことならある。
中国人の学生が共用キッチンでよく豚肉の料理を作っていたんだけど、ある日、イスラム教徒のバングラデシュ人が彼にこんな苦情を言った。
「君はよく豚肉を調理しているけど、わたしはイスラム教徒だからその煙を吸いたくない」ってね。
ーータバコの副流煙みたいに、それも豚肉の間接摂取になるのか。
でも、中国料理で「肉」と言えば豚肉を意味するほど、中国人にとっては身近な食材だから、「豚肉を使うな」って言われても困るだろう。
ア:そのとおり。
その中国人は「何を作るかは俺の自由だ」って言い返して揉めたらしいよ。
ーー中国人は「豚肉禁止令」なんて文化的に受け入れられないだろうし、イスラム教徒にとってはそのにおいをかぐことは宗教的に許されない。
どうやってその「豚肉の乱」を解決したんだ?
ア:そこまでは知らない。
肉を焼いている音が聞こえたら、そのバングラデシュ人は息を止めて通り過ぎたんじゃないかな。
でも、それはちょっとした文化摩擦で大きな問題にはならなかった。
ーーアルスラーンは豚肉を焼く煙も気にしない?
ア:しないね。
「自分は豚肉を食べない」っていうルールは守るけど、他人が何を食べても焼いても自由だ。
他人のフライパンの中身に文句を言う気はないさ。
ーーそこまで口出しされたら、いっしょに生活できないな。
でも、ルームメイトが犬や猫の肉を焼いていて、自分がその煙を吸ったとしたら良い気分にはなれないし、そのフライパンも使いたくなくなるかもしれない。
やっぱり、口に入れる文化の違いを超えるのは大変だな。
ア:でも、それは彼個人の感覚の問題で、豚肉の煙に文句を言うイスラム教徒なんてほかに聞いたことなかった。
どうしても煙が嫌なら、学生寮を出てアパートで一人暮らしをしたらいい。
自分の文化や価値観を押し付けて相手を変えようとするなんて、そんなごう慢なことをしてはいけない。
※中国では伝統的に、牛は畑を耕すための重要な労働力(現在で例えるならトラクター)だったから、牛肉を食べることは少なかった。
一方、豚は狭い小屋で飼うことができるし、人間の残飯や野菜のくずなどを食べて育つから、農民にとっては都合の良い家畜だった。
ちなみに、「家」という漢字の中にある「豕」は、豚を表している。人の住む家は、もともとは豚小屋を意味していたという。

中国で見た豚の頭
トルコ人と中国人&タイ人との文化(衛生観念)の違い
ーーじゃあ、アルスラーンはいろんな外国人と一緒に生活してて、困ったことは何もなかった?
ア:ないことはなかった。
ルームメイトの中国人やタイ人と文化というか、衛生観念の違いはなかなか厄介だったね。
ーーたとえば?
ア:当番制で共用スペースやキッチンの掃除をしていたんだけど、彼らとは基準が違った。俺からすると「まだ汚いだろ」って思ってしまうけど、彼らからしたら「これでOK」になる。
2人に悪意はなくて、単に合格の基準が違うだけだったから俺が慣れるしかなかった。
ーー共同生活あるあるだな。
ア:それに、彼らは共用スペースで爪を切っていたんだ。
俺の感覚だと、そういう姿を他人に見せるのは失礼で、ちょっと信じられないね。
それは自分の部屋やトイレですることだろう。
ーー爪を切ったあと、2人はそれを掃除したのか?
ア:いい質問だ。したけど、していないんだ。
ーーどういうことなんだってばよ。
ア:床に爪が落ちていたから、「掃除をしろよ」って文句を言ったら、彼らは「した」って言うんだ。ビックリしたね。
2人はそれでやった気になっている。
そうかと言って、彼らに俺の基準を押し付けることもできなかったから、ストレスがたまった。
ーー日本人なら、そういうことをしないと思うけどな。
ア:だろうね、日本人はとてもマナーが良いから。
トルコでは、とつぜんやって来た客をもてなす文化があるから、リビングや客間はきれいにしている家庭が多いんだ。
日本人学生との「壁」と本当の友情
ア:その見方には全面的に同意するね。
大学の研究室の掃除も当番制だったけど、日本人の学生はしっかり掃除をするから、いつも気持ち良く部屋を使うことができた。
足の爪を切っている姿なんて、一度も見なかった。
ーーじゃあ、アルスラーンには日本人のほうが合っていたんだ。
ア:いや、そうとも言えない。
俺が日本語を話せなかったせいもあって、日本人の学生とはいつも「一定の距離」があって、仲良くなれた実感がしなかった。
ーーそれ、外国人がよく感じることだよな。
日本人には礼儀正しさという「壁」がある。
ア:中国人とタイ人の学生はいつも本音を話してくれたから、性格や考え方が分かりやすかった。
とくに中国人は嫌なことでも何でも、思ったことを口にするのが「中国の文化」と言っていた。
だから、ムカついたことはあったけど、それ以上に楽しいことのほうが多かった。今でも連絡を取り合っているのは彼らなんだ。
ーー日本人は、いっしょにいて不快に感じなかったけれど、心に響くものもなかった。
つまり、可も不可もない「モブ」みたいなものか。
ア:それは言い過ぎ、そこまでではない。
俺がもっと上手に日本語を話せたら、きっと状況は違ったさ。
ーー今はその中国人、タイ人と遠くに離れているから、嫌な部分が消えて付き合いやすいんじゃないのか。
ア:そのとおりw

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