前回、ドイツ人留学生のシュタルクと話した内容を紹介した。
ドイツ人から見た日本 唯一無二の国・ユルい信仰と寛容さ・その弊害
それに続いて、今回は「北欧神話」と「神道」を切り口に、日本とドイツの歴史の違いをみていこう。
1. ドイツの古代信仰:言葉に生き残る北欧神話
ーー神道は日本生まれの「民族宗教」で、仏教はインド生まれの「外来宗教」になる。
日本では6世紀に仏教が伝わったとき、神々と仏さまの両方を大切にする道を選んだ。
ドイツはどう?
キリスト教は外来の宗教だけど、神道のように昔から信じられていた宗教はあるの?
シュ:まず、誤解のないように言っておくと、今のドイツはキリスト教の影響は小さくなっています。とくに私たち若い世代を中心に『無宗教』の人が増えているんですよ。
ーーそこは日本と似ている。
シュ:ドイツにキリスト教が伝わったのは4世紀ごろです。そのあと、数百年かけて少しずつ信者を増やしていって、「キリスト教の国」となりました。
※カール大帝(在位768-814年)の時代に、キリスト教がドイツ全土に広まった(Religion in Germany)。
日本の神道にあたる古い信仰といえば、ドイツでは『北欧神話(Norse mythology)』が有名です。
※ドイツの古代信仰に興味のある人は「Germanic paganism」も開いてみよう。
ーー北欧神話!
あの神話に出てくる神や場所なんかの名前は、日本人の感覚だとやたらカッコよく聞こえるから、ゲームやアニメでよく使われている。
ヴァルキリー(ワルキューレ)、ミッドガルド、ヴァルハラ、グングニル、ユグドラシル、
ラグナロク、ロキ、オーディン、ヨルムンガンド……中二病心がくすぐられる名前ばかりだ。
シュ:そうなんですね。
ーーでも「北欧」っていうと、スウェーデンやノルウェーのイメージがあるけど?
シュ:今の国境線は無視してください。
はるか昔、ドイツを含むヨーロッパ北部にはゲルマン民族が住んでいて、彼らの信仰の中に北欧神話があったんです。

女神ワルキューレ(ヴァルキリー)は、戦場で死んだ戦士の魂をヴァルハラ(死者の館)へ連れて行く。

北欧神話に出てくる雷神であり軍神のトール
2. 「一神教」がもたらした文化の消去
ーーその影響は今でも見ることができる?
神社みたいな建物があるとか。
シュ:いえ、キリスト教は信じる神が一人( 一柱?)なので、異教の神々は「邪悪」と見なされ、徹底的に否定されて社会から消されました。
神社のように北欧神話の神々をまつる施設なんて、もう残っていません。
ーー厳しいね、一神教は。
でも、新しい宗教と古い宗教が混ざり合うのは日本だけじゃない。中国でも「三教合一」といって、仏教・道教・儒教が混ざる思想があった。
シュ:東アジアでは珍しくないんですね。
でもヨーロッパでは、キリスト教が他の神を信じることを禁止したから、それまでの信仰は自分たちの手で消してしまいました。
ーー文化大革命みたいだ。
3. 曜日の名前に隠された「神々の名残」
ーー完全に消えてしまったわけ?
シュ:いえ、形を変えて生き残っているものもあります。
たとえば、キリスト教の春の祭り「イースター(復活祭)」の名前は、春の女神エオストレに由来すると言われているんですよ。
ーーハロウィンの由来は古代ケルト人の信仰にあるという話は知っていたけど、イースターと北欧神話の関係は初耳だ。
シュ:他にも、木曜日を意味するドイツ語『Donnerstag(ドンナースターク)』は、雷神トールに由来しているんですよ。
※トール(Thor)のドイツ語名は「Donar(ドンナー)」。
「Freitag(金曜日)」の語源は女神フレイヤ(Freya)です。
ーー木曜日が「トールの日」で、金曜日は「フレイヤの日」か。
曜日の名前に、北欧神話の神々が宿っているんだ。その設定も、中二病心がくすぐられそうだな。
※豆知識:曜日の語源(北欧神話)
英語の「Thursday」もドイツ語と同じく雷神トールを語源にしている。
「Friday」の語源も女神フレイヤ。
「Wednesday」(水曜日)も最高神オーディンを語源にしている。

女神フレイヤ
4. 「ルーツがある」という日本のぜい沢
シュ:キリスト教が広まると、北欧神話の神々は「悪魔」として否定され、社会から追い出されました。
その後は、伝承となって語り継がれてきましたが、信仰の対象ではなくなりました。
ーーそこが日本の歴史と決定的に違う。
日本で神道は天皇と結びついていたから、「邪教」として排除されたことがない。
シュ:私は、古代ゲルマニアの信仰や生活に興味があるんです。
でも、キリスト教化していく過程で、彼らの姿は歴史の闇に消えてしまったので、今ではそれを復活させることは難しいんです。
ーー日本では今でも神社で神々が崇拝されていて、式年遷宮や神嘗祭のような祭りも続いている。
シュ:日本のように、今でも古代の信仰が生きている国はとても珍しいです。
ーーG7(世界主要7か国)の中では日本だけだな。
シュ:日本はそういうユニークな国なので、私は魅力を感じるのです。
ーー文化人類学者のレヴィ・ストロースが日本について、「最も遠い過去との絆を持ち続けることができている」と絶賛して、西洋人が自分たちのルーツを取り戻すのはとても難しい、と言った。
シュ:そのとおりです。
だから、古代から途切れることなく文化が伝えられてきた日本は、私から見れば「うらやましいな」と感じるんです。
ーーたぶん9割の日本人はそれに気づいていない。
本日のまとめ
ドイツ人留学生との対話から浮かび上がったのは、日本と西洋の決定的な「歴史の断絶」の違いだ。
・ドイツ: キリスト教化の過程で、かつての神々は「語源」や「伝承」の中に封じ込められた。
・日本: 民族宗教の神道が仏教と共存し、古代から現代まで受け継がれてきた。
日本人は当たり前のように神社に行って手を合わせたり、祭りに参加したりしている。
それは、世界から見れば貴重な「過去との絆」だ。
失われたルーツを探し求める外国人にしたら、そんな日本を羨望の目で眺めてもおかしくない。

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