知人のタイ人女性は静岡の大学で3年ほど学んだ後、帰国してバンコクにある日本企業で働いていた。
その後、夫といっしょにアメリカにわたって、今は2人の子どもを育てている。
ここでは彼女の名前を「レック(เล็ก)」とする。
レックはタイ語で「小さい」を意味していて、タイ人女性には「あるある」のポピュラーな名前だ。
もう10年以上も日本から遠ざかっている彼女に、今でもリアルに覚えている風景と体験を聞くと、「富士山」と「温泉」という答えがかえってきた。
今回のテーマは日本の食文化だ。
彼女には、忘れられない「日本の味」がある。

「卵かけご飯」に憧れるタイ人
ーー「光陰矢の如し」って英語では「Time flies」って言うんだっけ。
時間が過ぎるのは本当に「あっ」という間だよな。
20代前半の女子大生だったレックが、今や二児の母親になってもうすぐ40歳になるのか。
レ:いまスマホの先から、「圧」を感じない?
それ、「殺意」っていうのよ。
ーーわかった、言葉には気をつける。
で、レックはこの前、日本での生活では「富士山」と「温泉」をリアルに覚えているって言ってたじゃん?
レ:どっちもタイやアメリカでは体験できなくて、本当になつかしいから。
ーーその続きなんだけど、日本の食はどうなんだ?
今でも忘れられない「日本の味」って何かある?
レ:その筆頭は『TKG』ね。
いま頭に「卵かけご飯」が浮かんだだけで、懐かしさで心が満たされるほど恋い焦がれている。
第一印象は「最悪」だったけど…
ーーそんな「運命の食」とどうやって出会ったんだ?
レ:あるとき、日本人の友だちと話をしていたとき、おすすめの日本食を聞いたら、「卵かけご飯」をおしえてくれたの。
卵を生で食べると聞いて、「それは斬新な発想ね!」って言ったけど、じつは心の中では「キモっ! そんなの食べるわけないじゃない」って思っていた。
ーー第一印象はそんな底辺だったのに、今では最高位にあるんだ。
まるでシンデレラだな。
「卵かけご飯」がどうやって、そんな成功の階段を駆け上がったんだ?
レ:ある朝、大学寮の近くにあったお店のメニューでそれを見つけて、そのときなぜか、ふと食べてみようと思ったの。
いま思うと、あの「ふと」が運命の扉を開いた瞬間だった。
ーーおそるおそる食べてみたら、美味しくて感動した。
レ:話のオチを奪うのはマナー行為よ、つつしんで。
でも、それ以上に、それまで先入観にとらわれていて、新しいものに挑戦しなかった自分を反省したわ。
熱々の白米の上に生卵をのせて、それをかき混ぜて食べるなんて、見た目も味も「ゲロ」だと思っていたけど、実際には味も食感も本当に良かった。
ーー俺もタイの「マンゴーライス」でそんな経験をした。
白米とマンゴーの組み合わせなんて絶対ムリって思っていたけど、試してみたら、目からウロコが落ちたね。

卵かけご飯が「最高」の理由
レ:それに卵かけご飯って、材料はスーパーでそろえることができるし、調理も超簡単じゃない。
ーー『TKG』の奥義を極めようと思ったら、道は険しいけどな。
レ:だから、日本にいたころは、何度も何度も作って食べていた。だから、あの食べものを見ると、大学時代を思い出して懐かしくなるの。
ーー「思い出」補正がかかっていたのか。
美味しさでいうなら、しゃぶしゃぶやお好み焼きのほうが上。
でも、味・安さ・満腹感の総合評価で、卵かけご飯を上回る食べ物とは出会わなかった。
ーーたしかに、あのコスパに勝てる食べものはなかなか無い。
ただ、当時は学生だったから、卵かけご飯が「ベスト・オブ・ベスト」だったけど、社会人だったら、もっと別のもののトリコになっていたかもしれないわね。

マンゴーライス(カオニャオ・マムアン)
海外で生卵は危険!
ーー卵かけご飯はとっても簡単に作ることができる。
でも、日本での話で、海外はそうじゃないんだよな。
レ:そうね、前提が違うから。
日本の卵はサルモネラ菌対策が徹底されているから、安心して食べることができる。
でも、タイやアメリカでは、卵は加熱して食べるのが常識になっているから、日本みたいに安全じゃない。
ーー卵かけご飯は簡単に作ることができる。
でも、日本での話で、海外はそうじゃないんだよな。
レ:そうね。そもそも前提が違うから。
日本の卵はサルモネラ菌対策が徹底されているから、安心して食べることができる。
でも、タイやアメリカでは、卵は加熱して食べるのが常識になっているから、日本みたいに安全じゃない。
ーー日本の衛生基準は別次元にあるから、海外で卵を生で食べるのは危ないっていうよな。
※日本のような徹底した衛生管理、洗浄・殺菌がおこなわれた卵ならOK。
レ:自殺行為ね、それをした「おバカさん」を知ってるわ。
大学生のころ、バンコクに住んでいた彼に「TKG」の素晴らしさを力説したら、彼は何も考えずにそれを作って食べたの。
結果、激しい腹痛に襲われて大学へ行けなかった。
ーー先入観と無知って、どっちが困るんだろうな。
レ:彼は勉強ができるけど、本質的にバカなのよ。
まぁ、そんなのと結婚したわたしも同レベルだけど。
とにかく、タイやアメリカに住んでいると、日本の「卵かけご飯」が恋しく感じるのよ。

タイのシーフード料理。
タイの食文化では熱を加えるのが基本。
日本の「生食文化」と卵かけご飯の歴史
レ:卵かけご飯について気になったことがあるんだけど、あれは、卵と文化のどっちが先なの。
日本には刺身みたいに生で食べる文化があったから、卵も生で食べるようになったのか、それとも日本の卵はもともと生で食べられるほど衛生的だったのか。
ーーいい質問だ。
結論から言うと、先にあったのは日本の生食文化だ。
日本人は昔から卵かけご飯を食べていて、それを安全に続けられるように、後から卵の衛生基準を高めた。
レ:日本人は本当に生食が大好きね。
ーー日本で初めて卵かけご飯を食べたのは、明治時代の岸田吟香(ぎんこう)って人だと言われている。
レ:そんなことまでわかるの!?
ーー彼はジャーナリストで、わりと有名な人物だったから。
彼が気に入って、周囲にもすすめたんだって。
レ:ということは日本人でも、最初はわたしみたいに「卵かけご飯」に抵抗を感じる人がいたってこと?
ーーかもしれない。
日本でTKGが一般的になったのは、戦後になって、卵が安く手に入るようになってからだから。


卵かけご飯のパイオニア、岸田吟香の息子が画家の岸田劉生。
劉生は上の「麗子微笑」などで知られている。

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