「ヒトラーに例える論証」
日本で政治家やジャーナリストがある政治家の言動をとり上げて、「彼の言っていることを聞くとヒトラーを思い出す」とか「ナチスもあんなことをしていた」と批判することがある。
絶対悪であるヒトラーやナチスと重ねることで相手を「悪魔化」し、とにかく悪いことを言っているのだと第三者に印象づけようとする狙いがある。
そんなテクニックを「ヒトラーに例える論証」と呼ぶ。
しかし、個人的に日本で見たものは、単に相手を攻撃するために拡大解釈をして、この論法を使っているケースばかりで、実際に「ヒトラーと同じ」と言えるものはなかった。
ナチスの優生思想と重なる「相模原事件」
しかし、2016年に神奈川県で起きた悲劇は、「まるでヒトラー(ナチス)のようだ」と言うことができる。
この年の7月、知的障害者がいた福祉施設に男が侵入し、19人を刺殺した。
犯人の男は「重度の障害者たちを生かすために莫大な費用がかかる」「障害者は社会に不要な存在だ」「安楽死させるべきだ」と話していた(相模原障害者施設殺傷事件)。
その差別的な考え方は、人間の命に価値をつけて「知的で優れた者を残し、劣った者を社会から排除する」という優生思想そのものだ。
だから、この犯人の動機については「まるでヒトラー(ナチス)のようだ」と指摘しも違和感はない。
障害者を大量虐殺した「T4作戦」
ナチス・ドイツはかつて、「T4作戦」(Aktion T4)と呼ばれる恐ろしい政策を実行した。
これは精神障害者や身体障害者に対する強制的な安楽死、つまり国家によるジェノサイド(大量虐殺)だ。
ナチスは障害者を集めてガス室へ送り、短時間のうちに大人数を殺害した後、大型焼却炉で遺体を焼いた。
ほかにも銃殺や毒殺、トラックの排気ガス、餓死などの方法によって少なくとも7万人、最大で30万人の障害者が犠牲になったとされる。

バスに乗せられる障害者。
その後の運命はすでに書いたとおりだ。
なぜヒトラー政権は障害者をターゲットにしたのか?
その目的には、「“価値”のない人間を消す」という優生思想のほかに、以下の2点があげられる。
人種衛生学:「劣等人種」が「優等人種」を「汚染」するという考え方。
経済効率性:国家の発展を何よりも重視し、障害者を養うことはその「邪魔」になるという考え方。
こうした理論によって、ナチスは障害者の殺害を正当化した。
ちなみに、ナチス政権で大臣を務めたゲッベルスは右足に障害があった。「働けるかどうか」ということが重要な判断基準だったらしい。
このT4作戦によって、効率的に大量殺害をおこなう方法が確立され、それが後に「ユダヤ人虐殺(ホロコースト)」に応用された。
つまり、障害者虐殺はホロコーストの前段階だったと言える。

ここで死体の焼却がおこなわれていた。
ナチス台頭以前から存在していた「狂気」
障害者に人間としての尊厳や価値を認めず、社会から駆逐する――。
そんな残虐な思想は、ヒトラー政権が誕生する前からドイツ社会に広く存在していた。
1920年にはすでに、精神科医や法学者が障害者を「生きるに値しない」と定義し、その殺害を公然と言っていた。
また、哲学者であるニーチェは「病人や弱者は社会を弱体化させる有害な存在であるから、積極的に殺害すべき」といった内容の主張をしていたという。
ドイツにおいてニーチェの影響は大きく、結果的に、彼の考え方が障害者の殺害に「お墨付き」をあたえる形となった。
現代の日本社会にも潜む「優生思想」
ドイツではナチスが台頭する前から障害者を蔑視する優生思想があり、ヒトラーが権力を握ると大量虐殺に発展した。
つまり、順序としては思想が先にあり、それが国家権力によって具体的な行動へと変わったことになる。
今の日本で「T4作戦」がおこなわれるとは考えられない。
特定の人物をヒトラーと重ね、レッテルを貼って攻撃する「ヒトラーに例える論証」も無視していい。
ただし、優生思想的な考え方には注意するべきだ。
ネットを見ていると、「社会の役に立つか」「どのくらい費用がかかるのか」といったコスパ理論を人間に当てはめて考える人がいる。
もちろん、この段階から、国家が経済効率を目的に命の選別をおこなうことに結びつけるのは、現実的ではない。
しかし、こうした発想から、2016年に悲劇が起きたのだ。
現在の日本社会にも、障害者を「社会のお荷物」とする差別的な見方があることは間違いないだろう。
二度とあの惨劇を繰り返さないためにも、そんな危険思想を根絶する必要がある。

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