桜への愛がとまらない日本人、ついていけない米国人

 

日本のシンボルといえば何と言っても桜、と思っていたのだけど、知人のアメリカ人に言わせると、アメリカで日本といえば桜よりも、NINJAのイメージが強い。
知名度で言えば、ニンジャのほうが断然上らしい。
そんな米国事情は置いといて、日本人は古代から桜を愛でてきて、万葉集にはこの花を取り上げた歌がとても多い。

例えば、平安時代に在原業平(ありわらのなりひら)が詠んだこの歌は、どこかで見たことある人も多いのでは?

「世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」

人びとは桜の開花状況がすごく気になって、いつ咲くのかとワクワクしたり、もう散ってしまうのかとガッカリする。
いっそのこと、世の中に桜なんてモノが無かったら、落ち着いてのどかに春を過ごすことができるのに…。
つまり、日本人にとって、それだけ桜は魅力的だったということになる。
日本には正式に国花と定められた花は無い。
けれど、桜は奈良時代の万葉集から、現代のスターバックスのフラッペまで、時代を超えて愛され続けてきたから、実質的には日本の国花と言ってヨシ。

以前、日本に5年以上住んでいて、日本語ペラペラのベトナム人と話をしていると、彼女が「最近、“桜前線”について知りました! こんな前線があるのは世界で日本だけですよ!」と嬉しそうな顔をして話す。
そう言われると、こちらも日本人としても誇らしい。
すると、別のベトナム人が「花粉前線もそうですよ。ボクにとってはこっちの方が重要です」と話す。
そう言われると、日本人として申し訳ない。
そんな彼らの話をしていて、数年前にアメリカ人から聞いた話を思い出した。

 

そのアメリカ人とは、日本に10年以上住んでいる30代の男性だ。
彼は日本語を使って仕事をしていたから、「きょうは暑いだね」とか「みんなさんありがとう」とか言っている外国人とは、日本語能力では完全に別のステージにいる。
そんな彼がある時、日本語の学習を兼ねて、桜の開花情報を理解しようと思い立つ。
その結果、彼が気づいたのは、「日本人が桜を好きなことは知っていた。でも、まだ自分はその愛情の深さを理解していなかった…」ということ。
具体的に言うと、「それいる?」とあきれるほど情報が細かった。

このアメリカ人にとって桜の開花情報は、「3月下旬〜4月上旬」というのでは大ざっぱ過ぎるが、市内にあるいくつかの名所で、桜が満開になる予想日があればそれで十分。
でも、日本の開花状況では、まず「開花」の予想日があって、三分咲き→五分咲き→七分咲きと進み、「満開」というゴールに到達するだけでなく、さらに桜が散って「花ふぶき」が見られる予想日まである。
彼の感覚からすれば、満開までの“進捗状況”なんていらないから、その細かさにはビックリさせられた。
その点について日本人の知り合いにたずねると、彼らはこんなことを言う。

「三分咲き→五分咲き→七分咲き…と、桜の開花が進んでいるのを確認できると、期待が高まっていく。だから、その情報はあった方がいい。日本人は、桜がどれだけ咲いたかすごく気になるんだよ」

「五分咲きになったら花見をしてもいい。花はそこそこ咲いてるし、まだ混み合っていないから、余裕をもって花見を楽しむことができる。」

彼にとっては、正直、桜が満開に近づいていく段階に興味はなかったから、そんな話に共感することもなかった。でも、「三分咲き→五分咲き→七分咲き」という表示があって困るわけでもないから、結論としてはどーでもいい。
もっと情報量を減らし、シンプルな表示にした方がいいと思うけれど、自分には関係ないし、大したことでもない。

 

しかし、彼には疑問があった。
満開とは桜の花が 80%開花した状態を指すという定義はいいとして、なんで「割」ではなく、「分」という言葉を使うのか?
三分や五分が 30%や 50%を意味するのなら、スーパーでよく見る「◯割引!」の「割」という身近な言葉を使ったほうが分かりやすいのでは?

彼にそう指摘されて、目からウロコが落ちた気がした。
「三割咲き」や「五割咲き」という表現を見ても、慣れていないから違和感はあっても、意味は理解できる。
この理由を調べてみると、「割」は動かないもの、「分」は動くものに対して使うらしい。
全体に占める割合なら「割」という言葉を使い、全体の 30%や 50%なら、3割や5割と表現する。
それに対して、全体(満開)というゴールに近づいている状態では「分」を使う。
桜の開花は 30%→50%→70%と変化するから、3割や5割ではなく、3分や5分といった表現を使う。桜が開花する「進捗状況」を表すなら、「分」の方が適切だ。
この説が 100%正しいかは分からないが、調べてみたかぎりでは、そういうことらしい。

 

こんな細かい表現も含めて、開花から満開までの進行状況を伝えることは、桜に対する日本人の愛情の深さ、満開を期待する思いの強さを表している。
だから、「世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」という歌に共感できない外国人だと、日本人のワクワク感にはついていけない。
そもそも、そんなテンションを共有しようとは思わないだろうけど。
特にアメリカ人なら。

 

 

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4 件のコメント

  • 桜は木花咲耶姫という日本神話一の美女神(華やかに咲き誇るような美しさだけれども薄命)の象徴でもあるので、存在自体が御神木みたいなものというか。
    そして、初代神武天皇の曾祖母に当たる重要な春の女神様ですから、古来より多くの日本人が格別の思い入れを抱くのかも知れません。

  • キリスト教の世界では伝統的に、「春の神」という存在を信じるのは異端で厳罰を受けました。
    日本人とは感性が違いますね。

  • 奈良時代から平安時代初期の頃は「花」と言えば「梅」の花を指していたようです。中国文化の影響があったからでしょうか。でもその中国では「花」と言えば伝統的に「桃」の花だと思うのですが・・・?
    それが「桜」となったのは、平安時代末期の頃からだとか。それ以降、ずっと「花」といえば「桜」ですね。現在日本でもっともポピュラーな桜であるソメイヨシノは、江戸時代後期に日本で開発された、エドヒガンとオオシマザクラとの交雑による品種だそうです。
    厳しい冬が終わって桜の花が一斉に開花し春の訪れを告げる、日本人の感性としては、新年度の始まりはやはり桜の咲く春からと考えるのが自然だと思います。やはり農耕民族ですから。

  • そうですね。
    日本人の桜に対する感覚は万葉集の時代から培われてきたもので、やはり独特でしょうね。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。