現在、世界で国民を最も厳しく管理している国の一つが北朝鮮。国民が使うスマホも当局が監視していて、5分ごとに画面を自動で記録し、誰が何を見たかを国家が把握している。
そして、北朝鮮では韓国が敵国とされているため、「韓国」と入力すると、自動的に公式見解の「傀儡国家」という言葉に書き換えられるという。
北朝鮮ほどではないにしても、中国も国民の動きに目を光らせている。以前、日本にいた中国人が「家族や友人と電話していると、たまに声が聞こえにくくなるんです。きっと盗聴されているんでしょうね」と話していた。
とくに1989年6月4日に起きた「天安門事件」については、厳しい情報統制が行われている。この日、北京の天安門広場では民主化を求める学生たちが集まり、政府は軍を出動させて武力でデモを鎮圧した。中国政府は死者を319人としているが、海外では数千人、あるいは1万人を超えたとも言われていて、正確な数は今も分からない。
中国政府にとって民主化運動は最大のタブーとされ、国民がこの出来事について知ることはほぼできない状態だ。中国国内の検索サイトで「天安門事件」や「六四」と入力しても、1989年の出来事は出てこない。「5月35日(5月31日+4日)」や「VIIV(ローマ数字の6と4)」などの隠語を使っても、今では天安門事件について調べることができないと思われる。
デモ隊の近くに集結した人民解放軍の戦車
しかし、世界はこの事件を忘れていない。ことしも6月4日に、日本の各メディアが事件を取り上げた。
NHK「天安門事件から36年 政府の徹底した言論統制で知らない若者も」
朝日新聞「天安門事件から36年、都内で追悼集会 今年は非開催のイベントも」
毎日新聞「今も続く当局の厳しい情報統制 中国・天安門事件から36年」
アメリカのルビオ国務長官が「中国共産党は事実の隠蔽を図っているが、世界は決して忘れない」と強調すれば、中国外務省の副報道局長は「歴史的事実を歪曲し、中国の内政に干渉するものだ」と反発し、バチバチと火花を散らしている。
中国国内では徹底的な情報管理がされていて、天安門事件に関するNHKのニュースは毎年、放送中に中断されている。
事件について外国のメディアの取材に応じる人はマレで、ほとんどの人は口を閉ざすか、ほんの少しだけしか話さない。そんなことが当局に知れたら、ナチスの「夜と霧」みたいに、密かに連行されて二度と戻って来ない、ということにはならないまでも、面倒な事態になことは確実だから、中国では慎重にならざるをえない。
学校の授業でも天安門事件には触れないため、社会的にこの出来事は風化しつつある。上の記事で、30代のある女性は「事件について聞いたことがあるような気もするが、よくわかっていない。学んだことはなく記憶もない」と話していた。
1997年までイギリスの統治下にあり、言論の自由が認められていた香港でも、今では犠牲者を追悼したり、事件の真相を明らかにしようとする動きは当局によって抑えられている。2024年には、天安門事件について街頭で声を上げた4人が逮捕された。これは、中国政府への憎悪をあおったという罪になるらしい。
事件の犠牲者を悼んだり真相を調べたりできるのは、外国だけになっている。
中国では情報統制が徹底されていて、天安門事件は「なかったこと」にされている。あれから30年以上たった今、若い世代ではこの出来事を知らない人が増えている。
数年前、そんな中国人と出会った。
彼は日本の大学に留学していた20代の男性で、たまたまテレビ番組で天安門事件について報道しているの見て、最初は何のことかさっぱり分からなかった。ネットで調べて初めて事件について知り、自分が今まで何も知らなかったことに衝撃を受けたという。
中国に一時帰国した際、両親に聞いたところ、2人とも事件について知っていた。でも、息子がそれを知っていいことは何もないし、むしろ危ないから、ずっと黙っていたと言われた。彼もその親心は理解できるから、話に納得した。
論語には、「由(よ)らしむべし 知らしむべからず」という言葉がある。
政治をおこなう者はくわしい内容や理由を説明する必要はなく、ただ人民を従わせるだけでいい、という考え方だ。中国政府にはそんなところがあり、国民もそれをよく理解している。
コメント