日本では「愛の象徴」でも、タージ・マハルを嫌うインド人もいる

6月17日はムムターズ・マハルの命日だ。

1631年のこの日、インドのムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンが心から愛した妻、ムムターズ・マハルが亡くなった。
彼女が息を引き取る直前、シャー・ジャハーンはこう誓ったという。
「お前以外のどの女も、私の心に住まわせることはない。後々の世まで、誰も見たことのないような、美しい大理石の墓にお前を葬ってやろう」
彼女自身もそんな墓を望んだらしい。
ムムターズ・マハルは夫の右の眉を見届けた後、静かに息を引き取った。
(“右の眉”が気になった人は「部屋とYシャツと私」の歌詞を確認しよう。)

シャー・ジャハーンは有言実行の男。彼は亡き妻のために、それまで地上に存在しなかったような立派な墓を建てることを決めた。そのために2万人以上の職人や労働者、画家などが働き、20年以上かけて「タージ・マハル」が完成した。
正確な建設費は不明だが、英語のウィキペディアによると8億2700万ドルだから、日本円にすると約1200億円になる。

 

ムムターズ・マハル

 

AIに日本語でタージ・マハルについて聞くと、こんな答えが返ってきた。

「タージ・マハルには、シャー・ジャハーンとムムターズ・マハルの愛の物語が深く刻まれており、その歴史的背景を知ることで、さらに感動が深まります」

日本の旅行会社やメディアのウェブサイトを見ても、

「タージ・マハルが紡ぐ愛」
「愛の物語を知る」
「皇帝が最愛の妃に捧げた愛のタージマハル」

といったふうに、タージ・マハルを「愛の象徴」として紹介しているところが多い。

インドでもそんなふうに、タージ・マハルをウルトラ・ロマンチックに語ることはある。
でもインドは、さまざまな文化や考え方が入りまじった国で、人によってまったく違う意見が出てくることも多い。タージ・マハルに対しても、これとはまったく別の見方がある。

 

ムガル帝国は、次の皇帝アウラングゼーブの時代に領土が最大になったけれど、文化や財政の面ではシャー・ジャハーンの時代が最盛期だったと思われる。そうでなかったら、1200億円の墓なんてつくれない。
タージ・マハルは、ムガル帝国の絶大な権威と富の象徴でもある。

建設には、ペルシャやアラブ、ヨーロッパから優秀な職人が呼ばれ、建築資材は、インド中から1000頭以上の象を使って運ばれた。また、中国からは水晶、チベットからはトルコ石、スリランカからはサファイアなど、世界中から高価な宝石が集められ、建物の装飾に使われた。

こんな巨大プロジェクトが可能だったのは、ムガル皇帝がとんでもないお金を持っていたから。
タージ・マハルがある都市アグラの宿で働いていたインド人は、皇帝の富の源泉は民衆から徴収した税金で、人びとは疲弊していたと学んだから、タージ・マハルを「搾取と強欲の象徴」と考えていた。
別のインド人は、ムガル帝国がイスラム王朝だったことを指摘し、異教徒だった妃のために、多くのヒンドゥー教徒が働かされ、命を落としたことを思うと、同じヒンドゥー教徒として怒りや悲しみを感じると話した。

シャー・ジャハーンは民衆の命に価値を感じることはなく、いくらでも使い捨てにできると考えていただろう。タージ・マハルというひとつの墓を作るために、どれだけの人が亡くなったのか想像できない。
(「ヒンドゥー教徒は遺灰を川に流すから、墓なんてそもそも作らないのでは?」というツッコミは置いておく。)

 

アグラの宿で聞いた話が印象的だったので、その後、別のインド人に感想を聞くと「共感できる」と言う人が多かった。

「いくら外見がきれいでも、タージ・マハルの中にあるのは異教徒の遺体だ。田舎にある小さな寺院でも、ヒンドゥー教の神が祀られているから、そのほうがはるかに価値がある」

そう話すヒンドゥー教徒もいた。

こういう人たちは、「タージ・マハルが紡ぐ愛」という甘いテンションにはついていけないし、歴史的背景を知ると、むしろ嫌悪感が深まる可能性が高い。

 

誰かが質問すると、知識のある人が答えてくれるQ&Aサイトの「クォーラ」に、こんな質問があった。

Do Hindus think it is a good idea to destroy the Taj Mahal since it is a Mughal construction?

(タージ・マハルはムガル帝国の建築物だから、ヒンズー教徒は破壊することを「良い考え」と思っているのか?)

それに対する答えの多くは、「そんな考えはインドでまったく支持されていない」というものだった。ただし、過激な民族主義者ならそう考えるかもしれない、と言う人がいた。

破壊したいと思うほど、タージ・マハルを憎悪しているインド人は例外中の例外のはず。

でも、異教徒の皇帝が「妻への愛」という個人的な動機で巨大建築物をつくり、そのために多くの人びとが犠牲になったことを考えると、タージ・マハルを不快に感じるインド人はきっと日本人の想像以上に多い。

 

 

インド 「目次」

タージマハルの入場料④ インド人の38倍!外国人の反応は?

【無慈悲と寛容】現代インド人が皇帝アクバルを好きな理由

ヒンドゥー教のサティーVSムガル帝国とイギリスの植民地支配

【ムガル帝国】日本人の死角、イスラム大国としてのインド

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • > シャー・ジャハーンは有言実行の男。彼は亡き妻のために、それまで地上に存在しなかったような立派な墓を建てることを決めた。そのために2万人以上の職人や労働者、画家などが働き、20年以上かけて「タージ・マハル」が完成した。
    > 正確な建設費は不明だが、英語のウィキペディアによると8億2700万ドルだから、日本円にすると約1200億円になる。
    > 「タージ・マハルには、シャー・ジャハーンとムムターズ・マハルの愛の物語が深く刻まれており、その歴史的背景を知ることで、さらに感動が深まります」

    タージ・マハルに対するその手の評価って、彼らインド国民自身によるものではなく、ほとんど欧米人の観点からの評価ですよね? (建設当時の)インド国民にとっては、「国民から搾り取った税金を元手に、莫大な国費を費やして国王個人のお気に入りの妃(国民からどれほど愛されていたのか知りませんが)を弔うための建造物」に過ぎなかったでしょうね。それではねぇ。
    でも今ではおそらく、「観光資源として国へ富をもたらす」ものとして、インド国内でも広く価値が認められることが多くなったのでしょうけど。
    日本の古墳だって事情は同じです。高位な人物の遺体は高価な財物と一緒に埋設されたが、その後平安時代の頃には盗掘され放題の放置状態。しっかりした埋葬者の記録が残るものは数少なく、現在の宮内庁が特定している古代の天皇陵だって、被葬者は概ねでたらめという可能性が高いのですから。
    「大規模・壮麗な墓地や寺院などの建築物に民族的文化的価値を認める」ようになったのは、ごくわずかな例外を除けば、近代になってからの思想です。

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