カンボジア人にとって、プレアビヒアが最も「神聖で重要」な理由

10年以上前、タイから飛行機でカンボジアに移動していたとき、着陸する少し前にCAが乗客にアライバルカードを配り始めた。
入国審査で必要な書類だから配布されるのは当然だとして、カードを受け取って表紙のデザインを見て少し違和感を覚えた。それは、カンボジアの国旗に描かれていて世界的にも有名なアンコール・ワットではなく、知名度の低いプレアビヒアだったから。

プレアビヒアは9世紀にカンボジア(クメール)人によって建てられたヒンドゥー教の寺院で、2008年に世界文化遺産に登録された。
プレアビヒアはカンボジアとタイの国境に位置しているため、両国は寺院とその地域の領有権をめぐって数十年前から対立してきた。2011年には武力衝突が起き、死傷者も出た。国際司法裁判所は、プレアビヒアはカンボジアのものであると判決を下したが、タイは納得していない(プレア・ビヘア寺院事件)。

カンボジアに入国した後、日本語ガイドにアライバルカードのデザインの理由を聞くと、彼はこんな話をした。

「カンボジア国民にとって、プレアビヒアは特別な建物なんです。タイは今もこの寺院を自分たちのものだと思っているから、カンボジア人は『絶対に守り抜く。タイの侵略は許さない』という強い気持ちを持っています。政府もプレアビヒアの領有権や国民の意思を外国人にアピールしたいんでしょうね。」

たしかに、アンコール・ワットではなく、あえてプレアビヒアを選んだ理由は、これがカンボジア人の愛国心やアイデンティティを象徴するものだから、という解釈が自然だ。

 

「プレアビヒア」とはクメール語で「神聖な寺院」という意味で、タイ語では「プラーサート・プラウィハーン」と呼ばれ、同じく「神聖な寺院」を意味する。

 

今、タイとカンボジアはとんでもないことになっている。5日ほど前から、プレアビヒアの近くで両軍の戦闘がはじまり、30人以上が死亡し、200人以上が負傷、20万人以上が避難を余儀なくされた。
この軍事衝突の原因は地雷だ。
今月の16日と23日、国境をパトロールしていたタイ軍の兵士が地雷を踏み、片足を吹き飛ばされるなど重傷を負い、タイが激怒した。本来、その地域に地雷はなかったはずで、カンボジアが最近になって地雷を埋設したから、こんな悲劇が起きたのだとタイが主張すると、カンボジアはそれを否定し、軍事衝突に発展した。
カンボジア軍がタイのコンビニを砲撃して民間人が死傷し、タイ軍はF16戦闘機でカンボジア軍の拠点を空爆し、事態は泥沼化している。
両国は自国を守るために行動したと主張し、原因は相手国にあると非難していて、言葉による戦いも激しくなっている。タイの暫定首相は、これが本格的な戦争に発展する可能性があると不吉なことを言う。

この事態を知った日本のネット民の感想がこちら。

・アジア大戦始まる?
・基本的なことだけど戦争の裏には大抵日本以外の大国の影があるよな
・マキャベリ「隣国を援助する国は滅びる」
・始めるのは簡単だが終わらすのは難しいぞ
・まだ戦争じゃないの? ロケット砲や爆撃とかしてんのに?
・カンボジア人の猫ひろしは何してるかなぁ

 

プレアビヒア

 

カンボジア側の発表によると、タイ軍がプレアビヒア寺院やその周辺を攻撃し、寺院の一部が破壊されたため、政府はタイ軍の無差別攻撃に対して「最も強い非難」を表明した。
アンコールワットは国境から離れたところにあるから、こんな悲劇が起こることはない。カンボジア人のアイデンティティや愛国心からしたら、プレアビヒアのほうが象徴的で重要性も高いのだろう。

カンボジア人がSNSに書き込んだコメントを見ると、この寺院がとても神聖で特別なものであることがわかる。

・Our actions have been solely in defense of our sovereign territory and cultural heritage, including the protection of our sacred temple grounds.
(私たちの行動は、主権的な領土と文化遺産、特に聖なる寺院の敷地を保護するためのものであり、純粋に防衛的なものです。)

・This conflict was initiated by Thai soldiers, who aimed to seize our temples and territory.
(この紛争は、タイの兵士たちが私たちの寺院と領土を強奪する目的ではじまったものです。)

以下は、英文を日本語訳したもの。

・タイのプレアビヒア寺院に対する侵略を強く非難します。
タイの侵略軍はユネスコ世界遺産であり、カンボジアの文化的・精神的アイデンティティの象徴である聖なるプレアビヒア寺院への攻撃をおこない、許しがたい残虐な行為を犯しました。

・カンボジアに対するタイの侵略行為によって、この美しい古代寺院が破壊されたことを深く悲しんでいます。正義を実現するため、世界が私たちを支援してくれるようお願い申し上げます。💔

・タイの露骨な攻撃はカンボジアの主権に対する重大な侵害であるだけでなく、世界遺産や国際法、人類の尊厳に対する攻撃でもあります。世界は沈黙してはいけません。

 

今回の記事はカンボジア人の立場を中心に書いたものだから、中立・公正ではなく、カンボジア側にかたよっている。タイにはタイの正義や譲れない思いがあるので、それについては別の記事で紹介しようと思う。

 

 

東南アジア 「目次」

ミャンマー人&カンボジア人の話 タイや日本、政治経済など

【明号作戦】カンボジア人が日本に、結果的に感謝すること

【処刑とプリン】ベトナム人に聞く、フランス支配の光と闇

【君の名は】日本人よ、これが70年代のカンボジア大虐殺だ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。
また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。

コメント

コメントする

目次