【カースト差別】インドの日常に潜むダリットへの蔑視

15年ほど前にインドを旅行したとき、湖に浮かぶ宮殿(現在はホテル)で有名な都市ウダイプルに足を運んだ。そこを散歩していると、とてもインドらしい風景を見かけた。
女性たちが湖の水でバチャバチャと衣類を洗っていて、その隣でおっさんたちは体にゴシゴシと石鹸をつけて洗っている。
後で、同行していたインド人のドライバーにそのことを話すと、あの光景には、まったく別の意味での「インドらしさ」があることを知った。それはインド社会のダークサイドに属することだ。

 

 

インドで約8割の人が信仰しているヒンドゥー教には、バラモン(聖職者)、クシャトリヤ(戦士)、ヴァイシャ(平民)、シュードラ(労働者)の四つの身分からなるカースト制度があると、学校でそう習った人もいると思うけれど、それは昔の話だ。その情報は古いから、そう思っていた人はアップデートしないといけない。
現在の教科書を見ると、この四つの属性はカーストではなく、「ヴァルナ」と書かれているはずだ。
でも、まだ「カースト制度」で覚えている人が多くて、その方が分かりやすいと思うので、この記事ではその呼び方を使うことにしよう。

ヒンドゥー教には、上記のカーストに入ることを許されなかった人たちがいて、彼らは英語で「アンタッチャブル(untouchable)」、日本語では「不可触賤民」と表現される。
インドでは公式には「スケジュールド・カースト(指定カースト)」という呼称が使われるが、一般のインド人と話すときは「ダリット」と言えばきっと通じる。
昔、上位カーストの人間は、その人たちに触ると“穢れる”と差別的に考えていて、一切の接触を絶っていた。
現代のインド憲法では、カースト制度そのものは認めているが、カーストによる差別行為は禁止している。しかし、憲法ではそうなっていても、人びとの意識を急に変えることはむずかしい。
10年以上前、当時30代のインド人から聞いた話は、リアルな体験だったから、今も記憶に残っている。

「私はカーストの身分差なんて気にしていないから、ダリットの人からチャイ(ミルクティー)を受け取ることはできる。でも、親は違うんだ。彼らは『穢れがうつる』と本気で考えていて、そんな行為は絶対にしないし、私が子どものころ、『ダリットとは付き合うな』と何度も注意した。そんな古くて差別的な見方をもっていると、むしろその方が精神を汚してしまうのにね。でも、親はその考え方を変えようとしなかった。」

 

ここで話をウダイプルに戻すと、あの何でもない朝の風景にも、実は見えないカースト差別が潜んでいた。
ガイドの話によると、あそこで洗濯や沐浴ができるのは、バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの四つのカーストに属する人だけで、ダリットは湖の使用を厳禁されている。上位カーストの人たちの意識では「同じ水を使う」ということに強い忌避感があるため、それだけは絶対にできない。
ここがさまざまな人が住むデリーやムンバイなどの大都市ではなく、地方都市だったから、そんな差別的な思想が根強く残っている、という背景もあったと思われる。
それに、地元の人は、誰がどのカーストの人間か大体わかっているから、もしダリットが彼らと同じことをしたら袋叩きにされ、最悪の場合、命を失うかもしれないらしい。

 

ウダイプルを訪れてから、もう15年以上も過ぎた。この間、インド経済は成長を続け、2025年には名目GDP(国内総生産)で日本を抜き、世界4位になると予想されている。
人びとの意識も変わり続けているから、もう、あの朝の風景も変わっているはずだ。といっても、それは洗濯機やシャワーを取り付けた家が増えたという意味で、「どんな人でも湖を使うことができる」ということではない。
カースト制度によって植え付けられた差別意識は、そんなに急に変わるほど甘くない。外国人の目には見えなくても、ダリットへの蔑視はインドの日常のさまざまなところに潜んでいるはずだ。

 

 

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この記事を書いた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。
また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。

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