バングラデシュ人とインドネシア人のイスラム教徒を禅宗のお寺に連れて行って、アレコレ説明していると、彼らが食いついた話があった。バラックバスみたいな強烈なものではなく、鮎程度のちょっとした引き。
それはそれが禅宗の開祖・達磨(ダルマ)だ。
一説によると、達磨は南インドの王子として生まれ、成長すると仏教僧になった。
6世紀のはじめ、達磨は海を渡って中国の梁へやって来ると、仏教を信仰していた皇帝・武帝は大喜びで彼を迎え入れた。
(日本史で例えるなら、中国から平城京へやって来た鑑真を、聖武天皇が歓迎した瞬間か?)
その後、達磨は少林寺に移動し、洞窟で壁に向かって9年も坐禅を続け、ついに悟りを開き、禅宗を人々に伝えたと言われている。
バングラデシュ人がその話を聞いて「ムハンマドが思い浮かんだ」と意外そうな顔をして言うと、インドネシア人も「俺も」と言った。

達磨
ムハンマドは570年ごろ、アラビア半島にあって、現在はイスラム教の最大の聖地になっているメッカで生まれた。彼は40歳の時、運命的な体験をする。
610年の8月10日、ヒラー山の洞窟でムハンマドが瞑想をしていると、大天使ジブリール(ガブリエル)が現れ、神(アッラー)の言葉を伝えた。(日付については異説がある。)
これでムハンマドは預言者として目覚め、自分に近い人たちに神の教えを伝えてイスラム教の歴史が始まった。
ムハンマドによって、最初にムスリムになったのは妻のハディージャだった。

洞窟にいるムハンマドに神の言葉を伝える天使ジブリール。
達磨は洞窟で瞑想をして「真理」を知り、禅宗の開祖となって大切な教えを人びとに伝えたーー。
2人はその話を聞いて、洞窟でムハンマドとジブリールが出会った「絵」が頭に浮かんだという。
ここでのキーワードは「洞窟」だ。
この狭く暗い空間で達磨が悟りを開き、ムハンマドが神の啓示を受けたことはきっと偶然ではない。
(その話のどこまでが歴史的事実かは分からないけれど。)
ヨーロッパ各国によって設立された宇宙開発の研究機関、欧州宇宙機関(ESA)には、宇宙飛行士を洞窟の中で過ごさせるユニークな研修プログラム(ESA CAVES)がある。
海外メディア「ポピュラーサイエンス」の記事によると、洞窟に滞在したり移動したりすることは、宇宙飛行士にとって素晴らしい訓練になる。洞窟は宇宙飛行士に感覚を失わせ、宇宙空間にいるときと似た体験を多く提供してくれるという。(Jul 28, 2016)
Living and navigating in the caves is a phenomenal training exercise for astronauts as it offers a number of uniquely analogous experiences for the space travelers, including sensory deprivation.
Why NASA Astronauts Just Spent A Week Living In A Cave
このプログラムに参加して、一週間ほど洞窟にいたNASAの宇宙飛行士は、宇宙と地下空間の共通点として「無臭」を挙げた。どちらも無菌的な環境だから、においがほとんどない。
ある宇宙飛行士は、宇宙船が地上に帰還して、シャトルのハッチを開けて地球のにおいをかぐのと、洞窟から地上に戻って来る感覚はとても似ていたと話している。
もちろん、宇宙飛行士たちが宇宙で過ごすことを想定し、その訓練として洞窟に入るのと、ムハンマドや達磨が洞窟で瞑想をすることは根本的に違う。しかし、外界と遮断され、視覚・聴覚・嗅覚をほとんど失った空間にいると、人間は新しい何かに目覚め、覚醒しやすくなるということは、きっとある。
おまけ
聖徳太子(622年没)、達磨、ムハンマドは同世代の人物だ。
太子が日本で仏教を広めた時期、達磨が中国で禅宗を伝えた時期、そしてムハンマドがアラビア半島でイスラム教を広めた時期はだいたい重なっている。

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