サウジアラビアの「モスク占拠事件」 日本には無い困難とは?

11月20日は、1979年に世界を震撼させた「アル=ハラム・モスク占拠事件」の日なので、これからその事件について書いていこう。
この事件では、解決の過程でサウジアラビアにとっては当たり前でも、日本では考えられないことがあった。

目次

犯人の目的

事件はサウジアラビアの首都、イスラム教でもっとも重要な聖地・メッカで起きた。
1979年、アル=ウタイビーをリーダーとする300~600人の武装集団がアル=ハラム・モスクに侵入して占拠し、人質をとって立てこもる。
彼らはサウジアラビア王政がイスラム教の教義に背いていると主張し、「イスラム本来の道」への回帰を呼びかけた。具体的には、西洋文化の否定、テレビ放送の廃止、イスラム教徒以外の人間の追放などを要求した。

犯人たちが理想とする世界は厳格なイスラム法による支配で、これらの要素がその邪魔になると考えていた模様。テレビ放送の禁止という主張は、偶像崇拝の禁止に基づいていると思われる。
武器を持ってモスクに侵入し、イスラム教徒を人質に取る行為がアッラーの意志にかなうとは思えないが、過激派の考えることは理解を超えている。
アル=ウタイビーはサウジアラビア王家に不満を持ち、王家の支配を否定し、政府の崩壊を求めていた。

ここから「籠城戦」が始まったわけだが、サウジアラビア政府には「イスラム国家」ならではの問題があった。
これから書く内容のソースは英語版ウィキペディアの「Grand Mosque seizure」による。

 

上から見たアル=ハラム・モスク

モスク内で武力行使はできない

イスラム教では、神聖なモスク内で暴力をふるうことは禁じられている。それと、これはテロ鎮圧とは関係ないかもしれないが、宗教的な許可なく植物を引き抜くことさえできなかった。
事件を知った国王はモスクでの戦闘は避けられないと判断し、まずイスラム法学者(ウラマー)の許可を得ることにした。
イスラム法学者たちは会議を開き、半日後に、モスクへの被害を最小限にし、できる限り血を流さないことを条件に、「モスク内での武力行使が許される」というファトワー(宗教的見解)が出された。

日本だったら、テロ鎮圧に宗教学者の出番はない。政府は自分たちで決め、すぐに動き出すはずだ。しかし、宗教国家のサウジアラビアでは、宗教的に合法と認められるためには、半日かかっても仕方がない。

異教徒はメッカに入れない

サウジアラビア政府は事件を解決するため、フランスに支援を求め、すぐに特殊部隊が派遣された。
しかし、彼らはメッカに入ることができなかった。イスラム教の教えにより、聖地メッカに入れるのはイスラム教徒だけだったからだ。
フランスの特殊部隊の隊員たちはキリスト教徒だったため、入国を許されなかった。そのため、隊員たちは簡単な儀式を行い、イスラム教に改宗したという。

「Because of the prohibition against non-Muslims entering the holy city, they converted to Islam in a brief, formal ceremony.」

こうして、フランスの特殊部隊の隊員たちは一時的にイスラム教徒となり、戦闘に参加することが可能となった。日本だったら、来日した外国の軍人に対して、政府が入国の条件として改宗を求めることはありえない。

 

逮捕された武装集団のメンバー

結果と余波

フランス軍の支援もあり、攻撃開始から約2週間で武装集団は降伏し、「アル=ハラム・モスク占拠事件」は解放された。この作戦でサウジアラビア側は約1万人の兵を動員し、127人が死亡、武装集団側も127人が死亡した。
この事件を受けて、サウジアラビア政府はイスラム教を「強化」することを決め、以下のことを実施した。

・新聞で女性の写真掲載を禁止する。
・テレビで女性の姿を写さない。
・映画館や音楽店を閉鎖する。
・学校のカリキュラムで宗教学習の時間数を大幅に増やす。
・男女分離の原則を街中の喫茶店にまで拡大する。

サウジアラビアでは、イスラムの聖典クルアーン(コーラン)が「最高法規」となっているため、テロ鎮圧の際、まずイスラム法学者の許可を得る必要な場合がある。
一方、日本は日本国憲法を最高法規とする非宗教国家で、宗教と政治は分離されているから、そうした宗教的なしばりは一切ない。
宗教国家のサウジアラビアではテロ鎮圧においても、イスラム法に違反しないように行動しないといけない。だから、日本には無い困難がある。

 

おまけ

日本はサウジアラビアと違って、聖地に入るために外国人に改宗を求めることはない。しかし、江戸時代にそんなことがあった。
当時、ベトナムから象が日本にやってきて、天皇と謁見することが決まったが、その象の「身分」が問題となった。御所は日本で最も神聖な場所で、そこに入れるのは貴族だけ。そのため、朝廷は象に「従四位」の地位を与えて貴族にし、御所に入ることを許可した。

江戸時代にやって来た象、“貴族”になって天皇と謁見したゾウ

 

京都に到着したゾウ

 

 

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この記事を書いた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。
また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。

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