日本の巻き寿司(のりまき)が韓国に渡って、「キンパ」に姿を変えた。これは、韓国の人たちにとって単なる食べ物ではなく、自尊心に関わるものでもあった。
恵方巻きと世界語の「スシ」
日本に住んでいるカナダ人に「恵方巻き」について聞いたら、彼はこの縁起ものをまったく知らなかった。
海外でこの日本の風習は知られていないから、「Ehomaki」という文字を見て意味がわかる外国人は例外だ。
恵方巻きは巻き寿司の一種と知ると、彼は「Ehomaki sushi roll」と言えば初めて聞く外国人でもイメージができると言う。
「スシ」は世界語になっているから、これはそのまま通じる。
日本に住んでいるカナダ人に「恵方巻き」について聞いたら、彼はこの縁起ものをまったく知らなかった。
海外でこの日本の風習は知られていないから、「Ehomaki」という文字を見て意味がわかる外国人は例外だ。
恵方巻きは巻き寿司の一種と知ると、彼は「Ehomaki sushi roll」と言えば初めて聞く外国人でもイメージができると言う。
「スシ」は世界語になっているから、これはそのまま通じる。

キンパ
キンパの表記に敏感な韓国
先日、中央日報にこんな韓国らしい記事があった(2026.01.23)。
「キンパがスシ&ロール?」…キンパ用のりの包装、英語表記の誤り是正を
韓国で生産されたキンパ用の海苔(のり)のパッケージに、英語で「SUSHI AND ROLL」と書かれていたのが見つかって、例の人(ソ・ギョンドクさん)が怒った。
キンパの知名度が低かった時代なら、外国人が理解しやすいように「スシ」という日本語を使っても仕方ない。
しかし、「今やキンパは、世界中の人々が楽しむ独自のKフードとして定着している」という理由で、「堂々と『KIMBAP』あるいは『GIMBAP』と呼ぶべきだ」とソさんは声を大にして言う。
もっとも、この商品を作った韓国の会社にとっては、分かりやすくした表示を「誤り」と否定されるのも迷惑なことだろうけど。ソさんの主張は過激だから、国内で反発されることも多い。
(全員ではないだろうけど)韓国の人たちにとって、キンパを「sushi roll(巻き寿司)」と呼ぶことは「民族的な自尊心」や「文化のアイデンティティ」にかかわる重大事なのだ。
キンパのルーツと「ノリマキ」の記憶
キンパのルーツは日本統治時代に朝鮮半島へ伝わった「海苔巻き」にある。
以前、韓国を旅行したとき、現在なら70〜80代になっている日本語ガイドのお世話になった。その人は日本人女性と結婚し、日本語はペラペラで日韓の文化や歴史にくわしい。
とはいえ魂は韓国人のままで、統治時代に日本がした「蛮行」は許せないし、それを認めて謝罪しない日本政府には誠意がないと怒っていた。
そんな韓国人は戦後ずっと、韓国でこの食べ物を「ノリマキ」と呼んでいたが、最近になって「キンパ」と呼ぶようになったと証言した。
キンパは海苔巻きと違って酢飯を使わないし、ごま油を塗っている。日本から伝来した食文化が、韓国の食材や味付けと融合し、独自の発展をとげて今のキンパができた。
「日帝残滓」というタブーと「韓国起源説」の心理
現代の韓国では、キンパの「韓国起源説」が主張されることがある。しかし、「こじつけレベル」で根拠はあまりに薄い。
朝鮮王朝の末期に、今のキンパにつながる食べ物があったなんて話は聞いたことがない。
それでも、「ルーツは我が国にある」という説は一定の支持を得ている。
その根底にあるのは、日本統治時代に由来する文物を「日帝残滓」として忌み嫌い、社会から排除しようとする強い情緒的動機だろう。
そもそも韓国で海苔はいつ登場したのか?
日本では江戸時代、紙すきの技術を応用して板海苔が作られるようになった。
「ひょっとしたら、キンパに使う板海苔も日帝残滓では?」と思って、日本語のウィキペディアの「キンパ」の項目を見てみると、韓国の心をへし折る説明があった。
「海苔(日本品種)や、炊いたジャポニカ米を一般市民が食べる習慣も日韓併合期以降に広まったものである」
桜の植え替え運動に見る「自国文化」へのこだわり
韓国ではつい最近まで、「桜の韓国起源説」が唱えられていた。
日本の桜(ソメイヨシノ)は済州島にある桜が「元祖」であるという主張だが、これは科学的に否定された。
すると今度は、韓国にあるソメイヨシノを引っこ抜き、韓国の桜(王桜)に植え替えるというキャンペーンが始まった。
「春のBANまつり」? 韓国で始まったソメイヨシノ追放キャンペーンの行方
個人的に、ここまでする理由がわからなかった。
韓国でも春の象徴である桜を見て、花見を楽しむ習慣がある。しかし、韓国にある桜のほとんどは統治時代に植えられたものであるため、「日帝残滓」と考えると楽しめなくなってしまう。
しかし、「ソメイヨシノは韓国が起源」となれば、そんな心理的負担を軽減することができるため、その説が国民の支持を集めることとなった。
キンパのこれから
キンパについても同様で、「日本由来」であることを認めてしまうと、それは排除すべき「残滓」になってしまうから、韓国固有の文化であると言いたくなる心理が働いているのだろう。
先ほどのガイドは、「キンパ」という呼び方に複雑な気持ちを持っていた。
彼は子供のころからそう呼んでいて慣れ親しんでいたが、1人の国民として、日本語を韓国語に呼び替えたくなる気持ちも理解できる。
しかし、「韓国起源説」には反対していた。
ルーツを隠して事実を「書き換える」ことは、結果として自国の歴史を歪めることになる。起源は日本の海苔巻きにあっても、キンパは韓国の風土で独特の進化をとげた韓国文化だと堂々と主張していた。
このガイドの指摘は正しい。キンパは海苔巻きとは別物で韓国料理の1つになっている。
ひな祭りや鯉のぼりのルーツは中国文化にあっても、今では日本文化になっているのと同じだ。
キンパの呼称問題は世界での知名度を高めていけば、自然と「SUSHI AND ROLL」は無くなって解決する。しかし、キンパのブランド力が高まると、それを日本由来と認めたくないという気持ちも強まり、めんどくさいことになる予感がする。

コメント
コメント一覧 (8件)
このようなポスティングを見るたびに恥ずかしくもあり、残念でもあります。
ソ·ギョンドクはいくら暴れても歴史的事実を否定することはできません。「海苔」が朝鮮時代(1600年代)に作られたという事実は歴史書に記録されていますが、「海苔巻き」を作って食べたという記録はありません。キムパプは確かに日本統治時代以降、韓半島で発展しました。 それは明白なfactであり、恥ずかしいことでもありません。世の中ですべてが自国がOriginである国はなく、新しいものを受け入れて発展させるのは自然な人類の発展史です。
もうすぐwbcが開かれますが、韓国人が一番好きなスポーツである野球も韓国が日本が統治していた時代に発展させたスポーツです。「野球」という名称、そして各ポジションの名前や競技用語も日本が作ったものを韓国でそのまま使っています。その野球も日本はアメリカから持ち込んで日本式に変え、現在世界最強国の仲間入りをしました。新しいことを学び、発展させるのは自然です。 日本から持ち込んだからといって恥ずかしく思うのであれば、それでみんな「韓国式」に直そうとするのであれば、韓国社会は停止するでしょう。
>「海苔」が朝鮮時代(1600年代)に作られたという事実は歴史書に記録されています
これは「板海苔」でしょうか? 日本で海苔は千年以上前から食べられていましたが、板海苔は200年ほど前に生まれました。これは、紙すきの技術を応用して作った海苔で、普通の海苔とは違います。
日本には中国由来の文化がたくさんあります。台湾では日本由来の言葉や文物がありますが、台湾の人たちはそれを隠そうとしません。韓国には独特に国民感情があるので難しいですね。
金汝翼(キム·ヨイク、1606~1660)という朝鮮の実学者が1640年頃、全羅南道光陽の太仁島で初めて海苔の養殖法を創案したという記録は、1714年(粛宗40年)当時、金汝翼の墓標に初めて記録されており、現在金海金氏の系図に載っているそうです。
そうなのですね。
下は、AIに聞いた答えです。
◯韓国における板海苔(海苔を細かく砕いて乾燥させ、紙のように成形したもの)の起源については、いくつかの説がありますが、歴史的な記録を紐解くと、現在の形に近いものが定着したのは19世紀以降と考えられています。
歴史の変遷を簡単にまとめました。
1. 海苔を食べる文化の始まり(古代〜朝鮮時代初期)
韓国で海苔自体が食べられていた歴史は非常に古いです。
『三国遺事』(13世紀)などの記録から、新羅時代にはすでに海苔が食べられていたと推測されています。
『慶尚道続撰地理誌』(1454年)など、朝鮮時代初期の文献には、海苔(海衣)が地域の特産品や献上品として記録されています。
ただし、この頃はまだ「板状」ではなく、岩に生えているものをそのまま乾燥させて食べていたと見られています。
2. 「板海苔」製法の誕生(17世紀〜19世紀)
海苔を四角い板状にする「抄造(しょうぞう)」という技術がいつ伝わったかについては、主に2つの視点があります。
17世紀説(光陽の金氏):
1640年頃、全羅南道の光陽(クァンヤン)で**金汝翼(キム・ヨイク)**という人物が、竹の枝を使って海苔を養殖する技術を開発したと伝えられています。この頃から、保存や流通のために海苔を板状に加工する工夫が始まったという説があります(韓国の「キム」という名前の由来が、この金氏にちなんでいるという説も有名です)。
19世紀説(紙の製法からの応用):
より確実な記録としては、19世紀初頭の百科事典**『閨閤叢書(キュハプチョンソ)』**(1809年)に、海苔を細かく刻んで板状にする具体的な製法が記されています。この時期には、現在の板海苔に近い形が確立されていたことがわかります。
3. 近代的な発展
20世紀に入り、日本統治時代に日本の「浅草海苔」の製法(和紙の技術を応用した四角い海苔)が導入され、大量生産に適した現在の規格が定着しました。その後、1980年代以降に「ごま油と塩」で味付けする**「韓国海苔」**のスタイルが完成し、世界的に広まりました。
朝、産経の黒田記者が書いたコラムを読みましたが、このコラムのようにキムパブも本格的に朝鮮の人たちに続き、今日の韓国の人たちが食べて楽しむようになったのは日本統治時代からだと推定されます。 それ以前の朝鮮社会では、キムパプを食べるほど民衆の生活に余裕がありませんでしたから。
今では韓国のキンパが日本に入ってきて、人気になっています。外国で独自に発展して、逆輸入するのは国際化を象徴しています。
そんなおじいちゃんガイドに聞かなくても
昔はキンパなんて言葉はなく、韓国で海苔巻きを食べたければ店で「ノリマキ、ハナ(一つ)」と頼まなければ意味が伝わりませんでしたよ。
え? ひょっとして私がおじいちゃんなのか!?
やっぱり、「キンパ」は最近になって登場した言葉なんですね。
そのうち「ノリマキ」が禁句になって、若い韓国人は知らなくなりそうですが。