偶像崇拝のタブー:異文化と衝突した日本の常識
木や土などで人の形を作ったものを「偶像」という。
日本では、はるか昔に土偶や埴輪があり、神道や仏教では神や仏の形をつくって拝む文化が現代まで続いている。
日本は「偶像」に対して本当に自由だ。
全国各地に神像や仏像があって、市町村には独特の「ゆるキャラ」がいる。
しかし世界には、そんな日本の常識が180度ひっくり返って、タブーになる国もあるのだ。
たとえば、イスラム教ではそうした像を信仰の対象とすると「偶像崇拝」となるため、イスラム教の影響が強い国では禁じられている。
その中でも、7世紀にイスラム教が生まれ、聖地メッカのあるサウジアラビアはとても厳しく、日本の常識は通用しない。
それについてこんなエピソードがある。
昭和の時代、日本の駐在員がサウジアラビアに入国する際、持っていた日本人形が見つかり、その場で首を切断された。
偶像崇拝の禁止が拡大解釈されて、偶像そのものがアウトと判断されたのだろう。
だから、それを持って入国することは認められなかった。
首から上のない人形を見て、その日本人は心を入れ替えたはずだ。

サウジアラビアのファイサル国王(在位 1964年 – 1975年)
サウジの世俗化:テレビ導入で何が起こった?
しかし、そんなサウジアラビアも近代化のため、世俗化が進められてきた。
世俗化というのは社会に対して宗教の影響が薄くなることで、日本の社会はその「究極形」と言っていいほど世俗的だ。
サウジアラビアの場合、ファイサル国王がそれを推進し、女性が教育を受ける権利を認め、女性のための学校を設立した。
また、ファイサル国王の世俗化政策の象徴として、1965年のテレビ放送開始がある。
しかし、保守的なイスラム聖職者がテレビを「悪魔の仕業」とののしるなど、この決定にサウジアラビア社会は大きく揺れた。
彼らは、テレビ画面で映し出される人の形も「偶像」になり、イスラム教の教えに反すると考えたという。
ファイサル国王は思い切って世俗的な改革を実施し、テレビが導入されたが、これは激しい抗議を引き起こす結果となった。
King Faisal instituted secular reforms that led to the installation of television, which provoked violent protests.
保守派の反発:テレビ局襲撃と王族の悲劇
この際、思わぬ悲劇が起こる。
1966年、ファイサル国王の甥にあたるハーリド王子がテレビ放送を止めさせるため、仲間を連れてテレビ局を襲撃すると、ファイサルはハーリド王子の射殺命令を出し、保安部隊が彼を射殺した。
これが次の大きな悲劇を招く原因となる。
それにしても、テレビを導入したら、王族の死につながったという展開は日本では考えられない。
ちなみに、このテレビ局の最初の定期放送は聖典『コーラン』の朗読だったというのは、とてもサウジアラビアらしい。
国王暗殺の背景にあった「復讐」
こんな出来事があっても、ファイサル国王は世俗化を断行し、国の経済力を高めることに成功し、アラブ世界から尊敬を集めるようになった。
パキスタンを訪問したときには、モスク(イスラム礼拝所)の建設を提案し、そのための資金協力を申し出た。
それで首都イスラマバードに7万人以上を収容できる巨大モスクが完成し、彼の名前をとって「ファイサル・モスク」と命名された。
そんなファイサル国王は、1975年に身内に暗殺され、突然この世を去った。
彼が甥のムサーイド王子と会って、あいさつをしようとした瞬間、王子が銃を取り出して彼を射殺した。
原因は、王子の怨恨だったと考えられている。
1966年に射殺されたハーリド王子は彼の兄だったため、ムサーイド王子は射殺命令を出したファイサル国王に復讐をしたがっていたという。
ただし、はっきりした動機は分かっていない。
当時のサウジでは、テレビ放送をはじめとする世俗化は、統治者の命に関わるほど重大な問題だったのだ。
ムハンマド王太子が進める「新しいサウジ」
そんなサウジアラビアでは世俗化が進み、今は大きく変わっている。
その中心にいるムハンマド皇太子は、とくに女性の地位の向上を推進してきた。
サウジは女性の自動車運転を禁止する世界で唯一の国だったが、2018年にそれを解禁するという画期的な改革を行った。
また、女性が映画館に行って映画を見ることも認め、世界的に注目された。
サウジアラビアで日本のアニメは浸透していて、首都リヤドには、アニメグッズを販売する「ニッポンサイコー」という店がある。
ムハンマド皇太子も「キャプテン翼」や「グレンダイザー」を見て育ち、日本アニメに興味を持ったのでは?
ムハンマド皇太子が設立した財団の子会社が「東映アニメーション」とタッグを組んで、アニメを制作したこともある。
また、「ドラゴンボール」の世界初のテーマパークもサウジに建設されると発表されたのも記憶に新しい。
ちなみに、サウジの人たちがアニメやゲームを好きになる理由に「暑さ」がある。
サウジは基本的に一年を通じて気温が高く、5〜9月の酷暑の時期は外に出ないで屋内で過ごす人が多い。そんな環境がアニメやゲームのファンを増やしているという。
まとめ:宗教と近代化の狭間で揺れるサウジアラビア
かつてのサウジアラビアでは、テレビの導入が世間の大きな反発を招き、王子の射殺につながるほどの大問題にもなった。
そして、それが国王暗殺にもつながった。
しかし今では、音楽や映画、アニメといった大衆文化が広がっている。
テレビ放送の変化だけを見ても、同じ国とは思えないほどの変化だ。
とはいえ、サウジアラビアの国教はイスラム教で、この宗教の影響は今も強く、社会にはさまざまな制限が残っている。
サウジアラビアは、まだ変わり続けている途中の国なのだ。
これから、イスラム教を中心としながらも、社会がどこまで世俗化し、進化していくのか注目だ。

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