日韓の歴史対立はなぜ終わらない? 韓国の「無念」が生む謝罪要求

大きな目標では一致しているが、そのための具体的な手段では意見があわない。
そんな状態を「総論賛成・各論反対」という。

日本と韓国の関係がまさにそれで、隣国どうしで仲良くしたいと考えているのに、価値観が違うからそれはとても難しい。

日韓では、最初からボタンの掛け違いがあったから、今でも安定した関係構築ができないでいる。

目次

日韓の超えられない壁、「歴史問題」とは?

日本も韓国も一緒に未来に向かって進みたいと希望しているが、「歴史問題」という大きな壁がそれを難しくしている。

とくに鋭く対立しているのが慰安婦・徴用工問題だ。
この問題について、韓国は「日本はしっかり謝罪するべきだ」と不満を持っているが、日本では「それはもう何度もした」とウンザリしている。

日韓両政府が話し合いを重ね、歴史問題については「最終的な解決」を確認したが、韓国では今も納得していない人が多い。
こうした思いのすれ違いが、日韓の友好関係に大きな影響を与えていることは、さまざまな世論調査の結果に表れている。

謝罪要求の裏にある「無念」の気持ち

なぜ韓国は、これほどまでに日本に謝罪を求め続けるのか?

その理由を理解するには事実関係だけでなく、背後にある韓国の人たちの気持ちを知ることが有効だ。

半年ほど前、韓国で最大の全国紙『朝鮮日報』に、それを知る手がかりとなるコラムが掲載された(2025/10/21)。

戦争を回避できなかった日本の失敗で独立した国の日本史との向き合い方

これを読むと、韓国の国民感情や日本に対する認識が見えてくる。
日本に対して謝罪要求を繰り返す根底には、自力で独立を達成できなかったという「無念」の気持ちがあった。

「1945年8月15日」の認識のズレ

現在の日韓関係の「始まり」は1945年8月15日にさかのぼる。

両国にとってこの日は意味合いが違う。
日本にとっては「終戦」だが、韓国にとっては「独立」だ。
この始まりの認識の違いが、現在に続く感情のズレを生み出している。

韓国において「独立」とは歴史であると同時に、「大きな物語」でもある。
日本を主権を奪った悪者と規定し、自分たちはそんな加害者と戦って、1945年に光復(独立)を手に入れた。

以前、韓国の歴史教科書を読んだとき、そんな「支配からの解放」を訴える感情的な記述になっていて、日本の教科書との違いを強く感じた。

韓国の教科書のほうが感情移入しやすく、「読み物」としては面白い。

自力で勝ち取れなかった独立の現実

しかし、この独立の物語には、韓国の人たちの「願い」が込められている。

本来であれば、日本との戦いに勝利し、独立を勝ち取る――そうした形が理想だった。
だが現実には、日本はアメリカとの戦争に敗れた結果として、独立が転がり込んできた。
つまり、独立は実現したものの、「自らの力で勝ち取った」という実感が得られにくい形で訪れたというわけだ。

もし日本がアメリカと戦っていなかったら、歴史はどうなっていたのか?

朝鮮日報のコラムにはこう書いてある。

韓国は植民地から抜け出せなかったか、あるいは独立はもっと先のことになっていただろう。韓国の独立は米国との戦争で勝てると判断した日本のミスが大きく影響した。

日米が「共存」していたら、今でも韓国は植民地のままだったかもしれない。
そうでもなくても、独立は確実に遅くなっていた。

韓国の独立は、韓国人が日本と戦ったことよりも、日本の判断ミスのほうが大きな要因となった。
つまり、日本の「自滅」だ。

筆者はこれが「韓国の歴史認識であるべきだ」と強調している。

「物語」と現実とのギャップ

逆説的に、韓国では「自分たちで祖国を解放した」という認識が強いことがわかる。
しかし、これは「物語」だ。

実際の歴史では、韓国の独立には、アメリカの勝利が決定的な要因であることを知っているから、無念の思いが強くある。
歴史をやり直すことはできないから、その気持ちが満たされる日は永遠に来ることはない。

一方、日本に目を移すと、1945年8月15日は「敗戦」の日として記憶され、戦争の悲惨さや平和の尊さが強調されている。
それが日本にとっての「反省」だ。

韓国側から見ると、植民地支配の「反省」に欠けているから不満の声が上がる。
日本は「もう二度と戦争をしない」と未来を見ているが、韓国は過去の加害性に焦点を当てる。前提が違うから、話をしてもかみ合わない。

韓国の中では謝罪要求は、歴史の中で味わった挫折感や無念と深く結びついている。

石破前首相の所感と韓国の失望

昨年の10月、石破前首相が「戦後80年所感」を発表した。

石破氏は戦前・戦中の日本に厳しく、韓国に悪いことをしたといった話をしていたため、韓国側はこの所感に期待したが、それは空振りに終わった。

石破氏は、日本が戦争を回避できなかった理由を指摘し、「国が進むべき道を誤った歴史を繰り返してはならない」といったことを強調し、その点を反省した。
しかし、韓国が求めていたのはそれではない。

植民地支配について直接述べることはなかったから、コラムの筆者は「自らの言葉では反省しなかった」とため息をつく。

また、これは公式な首相談話ではなく、石破氏による「個人の所感」だったことも韓国側を失望させる要因となった。

韓国は(勝手に)期待して裏切られ、肩を落としても、あきらめるつもりはない。

力の論理と韓国の宿命

コラムでは「日本は力の論理で歴史を反省する国」だと強調している。

それ以上、具体的に言及していないが、これは、「韓国が力をつけ、いつか日本に歴史の反省をさせる」という気持ちが込められているとみて、間違いないだろう。

韓国が今より経済力を増し、国際的な影響力を高めて「大国」になって日本に要求すれば、それを無視することはできず、きっと頭を下げるようになる。
今度は韓国が力の論理で日本を「屈服」させる。

コラムの行間からは、そんな強い思いが伝わってくる。

しかし、同時に、日本とともに繁栄を追求し、北朝鮮の核の脅威にも対処することが「韓国の宿命」だと指摘した。

終わらない「戦い」と日本の宿命

日本に謝罪要求を迫ると同時に、未来志向的な関係を期待する。

しかし、1945年8月15日を「終戦」と考える日本と、「主権回復」とする韓国では、まったく違う認識からスタートしている。日本にとっては「終わった」が、韓国にとっては「始まった」のだ。

だから、その2つは矛盾していて、アクセルとブレーキをいっしょに踏むようなものだと思うが、韓国がそのどちらかを放棄することは想像できない。

独立という栄光をみずからの力で手に入れることはできなかったが、この「戦い」には必ず勝利すると考えているのだろう。

そうした国と付き合っていくことが「日本の宿命」と受け入れるしかない。

 

 

近くて遠い日本と韓国 「目次」 ①

近くて遠い日本と韓国 「目次」 ②

近くて遠い日本と韓国 「目次」 ③

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この記事を書いた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。
また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。

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