国によって変わる歴史上の偉人の評価
同じ人物でも、国によって評価が逆転することは「世界史あるある」のひとつだ。
アメリカでジョージ・ワシントン(1732年 – 1799年)はイギリスとの独立戦争を戦った英雄で、初代大統領として尊敬されている。
しかし、イギリスでは「反逆者」や「裏切り者」として見なされていた。
日韓にもそんな人物がいる。
米英にとってのワシントンとの違いは、「過去形」になっていないことだ。
一枚の写真から見える歴史認識のズレ
最近、「X」に自動翻訳機能がついたおかげで、韓国の人たちの投稿が日本人にも見やすくなった。
その中でグルメや観光情報はどっちの国民にも歓迎されるが、やっぱり歴史はそうはいかない。
先日、ある韓国人が日本統治時代(1910〜1945年)に、朝鮮半島の田んぼにいた日本兵の写真を投稿して物議をかもした。
ただ、その写真が本当に統治時代のものか分からないし、知的所有権の問題もあったので、ここでそのまま載せることはしない。
なので、AIを使ってその写真をカラーにして、背景や人を変えて絵を描いてもらった。

AIによると、それは日中戦争のときに中国で撮影されたものらしい。
しかし、ここで重要なのは写真の真偽ではなく、日本人と韓国人の歴史認識の違いだ。
その写真を見て、日韓では受け止め方が真っ向からぶつかった。
ある日本のネットユーザーが「これは、日本人が農作業を手伝っている場面だ」とコメントすると、韓国のネットユーザーは「それは違う。日本人が朝鮮の農家から作物を奪っている写真だ」と反論し、収拾がつかなくなった。
※例外的に上記の日韓のコメントが逆転したり、まったく別の見方をする人もいて、さまざまな意見があった。
なぜここまで見方が違うのか?
日本の統治について、韓国では一般的に「主権を奪われた屈辱の時代」や「民族の抑圧・搾取の時代」とされていて、日本を「加害者」、自国を「被害者」として描く。
そんな歴史認識からすると、あの時代を肯定的に見ることはできないから、田んぼに日本人がいると「略奪している」と考えるのは自然だ。
一方、日本人にはそんな先入観がないから、「日本人が手伝っているのでは?」と自然に推測する人が多かった。
日韓ではあの時代に対する見方がまったく違うから、SNS上では、意見が対立して議論になり、やがてののしり合いに発展することが毎日のように起きている。
日本初の総理大臣・伊藤博文は、韓国では「ほぼ悪魔」
両国で評価が逆転する人物として、とても有名なのがこの明治の政治家だ。

日本で伊藤博文は初代総理大臣を務めた偉人だが、初代韓国統監を務めたことで、韓国では「侵略の元凶」と憎まれている。
(この構図は、アメリカの初代大統領ワシントンが、イギリスで憎まれていたことと似ている。)
逆に、伊藤博文を処断した安重根は、韓国では英雄として尊敬され、日本では元首相を暗殺したテロリストという扱いを受けている。

伊藤博文の掛け軸を隠していたわけ
日韓で有名な伊藤博文について、最近、韓国で彼が書いたとみられる掛け軸が見つかり、注目が集まった。
韓国メディア「SBS」の記事(2026.04.13)
“이토 히로부미 친필 한국서 발견…친일파가 오랫동안 보관한 듯”
機械翻訳:「伊藤博文の直筆、韓国で発見…親日派が長らく保管していた模様」
ある韓国人がずっとこの掛け軸を持っていたが、「韓日の間で何かの役に立てれば」という思いで、国会議員をしていた人物に譲り渡したことで、掛け軸の存在が明らかになった。
掛け軸の所有者だった「X」氏は、なぜ長い間、それを言い出せなかったのか?
そのヒントは、記事にある「親日派」というワードにある。
一般的に「親日」というと、日本では好意的な外国人を指すが、韓国では「売国奴」といったとても悪い意味になるのだ。
そのため、元の所有者は、「『親日派』と非難されることを恐れて長年秘蔵してきた」と記事に書いてある。
伊藤博文という「悪魔」の直筆の掛け軸を持っているのが世間にバレたら、自分だけではなく、家族までバッシングを受けるかもしれない。
そんな恐怖から、今まで言い出せなかったのだろう。
日本なら、けっこう高値で買い取る人がいそうが気がするが、韓国でそれがバレたら袋だたきにされるのだろうか。
理由はそれだけではない。
韓国で伊藤博文の作品は「価値が認められにくい」というから、売っても大した値はつかないか、引き取ってもらえないかもしれない。
総合的に考えて、「侵略の元凶」とされる人物の作品を公表することはリスキーで、そもそも手元に置いておきたくなかったため、元国会議員に譲渡したと思われる。
韓国ならではの不安だ。
漢詩の解釈まで日韓では真逆!
その掛け軸には、伊藤博文が書いたという次の文字が記されている。
「餘花落處満地和烟雨」
これは、「たくさんの散った花びらが地面に落ち、春の雨に混ざりあって(調和して)美しい」といった春の情景を表現した漢詩だ。
日本の研究者は「政治的な意図は感じられない」と評価したが、韓国側の見方はまったく違う。
韓国の専門家によると、これは日本の支配を表しているという。
この漢詩は、日本を花に、地面を朝鮮に見立てて、花(日本)が朝鮮の地に降り注いでいる様子を描写している。
つまり、伊藤博文が韓国を保護国にした成果を称賛する内容で、「支配を正当化するもので、韓国人にとっては屈辱的な文句だ」と韓国の専門家は主張した。
韓国ならではの解釈だ。
ということで、イギリスにおけるワシントンと違って、韓国で伊藤博文は今でも憎悪の対象となっていることが分かる。
しかし、日本が「安重根=テロリスト」という見方を変えないように、韓国側も「伊藤博文=侵略の元凶」という見方を変えることはないだろう。
つまり、日韓の歴史認識の溝はまったく埋まる気配がない。
これからもSNS上で、「これは日本人が手伝っている場面だ」「いや、朝鮮人から略奪している場面だ!」というバトルは続くだろう。
ちなみに、数年前にも同じようなことがあった。
韓国銀行の建物の礎石に刻まれた「定礎」という文字が、伊藤博文の直筆であることが判明したため、これを撤去するかどうかで韓国社会が揺れた。


コメント
コメント一覧 (8件)
韓日近代史の真実を韓国人に正しく伝えるべきだと語り、韓国が真の世界の先進国へと進むことができると主張しているのが、イ・ヨンフン先生です。彼は現在の韓国の状況を「幻想の国」と表現しています。 事実ではなく、幻想の中で生きているという意味です。
韓日近代史において、韓国の歴史教科書は確かに神話や幻想、歪曲で満ちています。
その歪曲の程度が大きすぎるため、韓国人に事実を伝えた際に容易に受け入れられません。伊藤博文が、実は朝鮮侵略の元凶ではなく、朝鮮統合に最後まで反対し、朝鮮を親日的な独立国家として維持したいと願っていた人物だと語ったとき、それは韓国の常識や歴史教科書が間違っていることを意味し、大きな混乱を招くでしょう。韓国は依然として「幻想」の中にあります。
伊藤博文の具体的な発言で、朝鮮半島の侵略をしめすものはないと思います。
韓国ではイメージが先行していますね。
でも、「x」に自動翻訳機能がついて、韓国人のコメントを日本語で読むことができるようになりました。
こんなことを言う人もいます。
「한국인들은 과거 역사문제와 좌파 정치인들의 계속된 반일운동 그리고 드라마, 영화등으로 거의 세뇌당했었어. 그렇지만 인식이 많이 개선되가고 있는중이야.」
まだ数は少ないのですが、韓国で常識とされている歴史認識に疑問をもつ人もいます。
そうです。
若年層を中心に、韓日近代史の真実を知る人が増えています。しかし、その数は非常に少なく、対象となる事実も極めて限定的です。伊藤博文が実は親韓派だったという事実を知っている人は極めて少ないです。
***本文とは関係のない質問を一つさせていただきます。
今朝、ある韓国の新聞は、高市首相が戦犯が合祀されている靖国神社に献納したと報じ、怒りを示していました。靖国神社は、日本のために戦い、戦死した兵士たちを追悼する場所だと聞いていますが、太平洋戦争でA級戦犯と判定され死刑になった人々がなぜ合祀されているのか、気になります。 彼らも日本のために戦って死んだ愛国者だと判断しているのでしょうか?
靖国神社は「戦争で亡くなった人」を祀る場所です。
A級戦犯として処刑された人たちも、1978年に神社の判断で合祀されました。
国の判断ではありません。
政教分離の原則から、政府は神社の決定に何も言えません。
靖国神社がそうしたのは彼らも戦争に関わって死亡し、法的には“犯罪者”でも、死者の魂は宗教的には“英霊”と考えたからだと思います。
ご回答ありがとうございます。 疑問に思っていたことがたくさん分かりました。
生きている間は犯罪者でも死んだ後はその魂が犯罪を洗い流すという、神社の宗教的判断という意味ですね。韓国人の考えと最も大きく異なる点は、まさにそれだと思います。
韓国では、生きている間に犯罪者であれば、死んでもその罪から逃れることはできません。
韓国には、国家のために戦争で戦死した兵士を埋葬した国立墓地である顕忠院がありますが、顕忠院には軍法会議で処罰を受けた者や犯罪を犯した者はいません。そのような基本的な感情から、韓国人は日本の首相が靖国神社を参拝することは戦争犯罪者を追悼する行為とみなし、今後も彼らの侵略戦争犯罪を継続するつもりだと考えています。
私の考えでは、日本の首相が靖国神社を参拝することは戦争犯罪者を追悼するのではなく、「国のために命を捧げた愛国者」を追悼する行為と判断します。
靖国神社の判断が 犯罪者であっても、死んだ後は“英霊”とみなすことを理解できるようになります。
>死んだ後はその魂が犯罪を洗い流す
日本では昔からそんな考え方があります。
鎌倉にある円覚寺では、元寇で亡くなった日本人だけでなく、敵だった高麗人やモンゴル人も同じように慰霊しています。
死者の魂に罪はなく、平等と考えたのでしょう。
共感できる点が大きいです。
朝鮮時代には奴婢は死んでも奴婢でした。 そのような考え方と比べると、日本の考え方は崇高だと思います。
>朝鮮時代には奴婢は死んでも奴婢でした。
「死んでも罪が消えない」というところは、日韓の考え方の大きな違いです。
だから、誤解が生まれやすいのでしょう。