独立戦争では軍の総司令官としてイギリス軍と戦い、合衆国が建国された後は初代大統領となったジョージ・ワシントン。
アメリカに自由をもたらし、「合衆国建国の父のひとり」として尊敬されている彼は、実は600人以上の奴隷を所有していた。
21世紀の現代からみれば、叩けばホコリが出てくる偉人は世界中にいる。
朝鮮の「英雄王」もその一人だ。

世宗(1397年 – 1450年)
朝鮮王朝の聖君・世宗大王
現代の韓国で、もっとも尊敬を集める歴史上の人物といえば、1万ウォン札の顔にもなっている朝鮮王朝の第4代国王・世宗(セジョン)だろう。
彼は歴代の朝鮮国王のなかでも特に重視され、「大王」と呼ばれることも多い。
「世宗大王」には輝かしい業績がある一方で、深い影もある。
そんな彼の光と闇が「凝縮」されているような人物が、優秀な科学者で発明家の蔣英実(チャン・ヨンシル)だ。
世宗のもっとも偉大な業績は、現代の韓国人が誇る民族文字である「ハングル」を創製したことにある。

韓国民の先生・世宗大王
韓国社会で彼の偉大さは、500年以上が過ぎた今でも色あせない。
むしろ、「輝き」は増しているとさえ思われる。
先日の5月15日は世宗の誕生日だったから、各地で彼の業績をたたえるイベントがおこなわれた。
また、聯合ニュースは世宗の生誕629周年を祝う記事を掲載し、彼を「韓国民の先生」と表現した。
「오늘인 5월 15일 ‘스승의 날’은 겨레의 스승인 세종대왕 탄신일에서 착안해 지정됐는데요.」
(本日5月15日の「教師の日」は、国民の師である世宗大王の誕生日に着想を得て制定されました。)
스승의 날 기원은?…629돌 세종대왕 탄신일(2026-05-15)
現在の韓国において世宗の存在感は特別で、国民的英雄となっている。
世宗に奴隷から抜擢された蔣英実
世宗の偉大さを知るためのイベントでは、彼の時代に考案された「日時計」を作る体験がおこなわれた。
この器具を開発したのが蔣英実(チャン・ヨンシル)だ。
当時の朝鮮は厳格な身分制社会だったが、世宗は奴隷身分(官奴婢)だったチャンの才能を見出し、周囲の反対を押し切って彼に官職を与えた。
チャンは王の期待に応え、日時計や水時計、渾天儀(天球儀)など、当時では最先端の科学機器を次々と作り出した。
身分にとらわれず、才能や実力でチャンを登用したことは、世宗の「光」を象徴するエピソードとなっている。
しかし、蔣英実の輝かしいキャリアは突然、悲劇的な終わりを迎えた。
1442年、チャンが監督して製造した王の乗り物である「輿(こし)」が破損してしまったのだ。
これは王の権威を汚す「不敬罪」となり、チャンはその責任を問われ、杖打ち 80回と官職剥奪という重い刑を言い渡された。
蔣英実が歴史から消えた理由
気になるのは、この事件を最後に、朝鮮王朝の記録から蔣英実の名前が消えていることだ。
韓国語版のウィキペディアにはこう書かれている(장영실)。
「장영실은 이후 역사에서 자취가 완전히 사라졌다.」
(チャン・ヨンシルはその後、歴史から完全に姿を消した。)
また、「생몰년 미상(生没年不詳)」とあり、彼がいつ生まれ、亡くなったのかも分からない。
彼はもともと奴隷だったから誕生日が不明なのは理解できるが、これだけの業績を残した人物の命日が記録されていないというのは不自然に感じる。
ちなみに、日本語版のウィキペディアには「1383年 – 1450年」と書かれているが、根拠がよく分からない。
当時で 59歳の体力は、現代なら70〜80歳に相当するだろう。
そんな弱った体を硬い棒で 80回も叩いたから、チャンは障害を負い、苦しみながら亡くなったと愚考する。
彼にとってこの罰はきっと「致命傷」になった。
絶対的な権力者だった世宗は、臣下たちの反対を押し切ってハングルを制定したり、蔣英実を登用したりした。
そんな彼なら、チャンを無罪にはできなくとも、罰を軽くすることはできただろう。
しかし、世宗はそれをせず、長年の功臣を「見殺し」にしたのは、自身の栄光に小さな傷をつけたチャンに激怒したからではなかったか。
韓国語版ウィキペディアには、「王は刑罰を二段階軽くしたという」と書かれている。
この「という」という伝聞表現は見逃せない。
これは、公式な『朝鮮王朝実録』に記録がなく、後世に誰かが世宗の寛大さをアピールするために付け加えた話だろう。
世宗の寛大さを演出するために。
「名君」のイメージを守るための歪曲?
その後、蔣英実に関する記録が残されていないのは、「世宗大王」の偉大性に傷をつけないため、意図的に彼の存在を歴史から抹殺したからではないかと、ここでも愚考する。
彼は奴隷出身で、ほかの両班からうとまれていたから、信頼できる仲間がいたとは思えない。
世宗大王が広げた「深い闇」
さらに、世宗にはもっと深い闇がある。
彼は奴隷だったチャンを抜擢したが、奴隷制度を廃止するどころか、むしろそれを拡大させた。
たとえば、それまでは「奴婢の女性と良民の男性が結婚した場合、その間に生まれた子どもは父親の身分に従って良民になれる」という法律があったのだが、世宗はこれを廃止した。
つまり、それ以前だったら良民になれた人間が、これ以降は奴隷とされてしまったのだ。
また、朝鮮時代には、国王は中国皇帝のために、国内から「素晴らしい女性」を集めて献上するきまりがあった。
朝鮮王朝実録には、世宗の時代に「処女進献」がもっとも多かったと記録されている。
それまでの時代よりも奴隷制が強化され、若い女性の権利はさらに無視され、苦しむ民衆は増加しただろう。
神聖化の罠と歴史の歪曲
もちろん、多くの奴隷を所有していたワシントンが、現代のアメリカで偉人とされているように、全体的に見れば世宗は時代を変えた名君だ。
「世宗大王」と呼ぶにふさわしい。
ただし、彼を神聖化しすぎてはいけない。
以前、ある日本人がSNSで、世宗の時代に奴隷や処女進献が増えたという闇歴史を指摘したところ、韓国のネットユーザーが激怒してこんな返信をした。
「デタラメを言うな! それは日帝がしたことだ。朝鮮の男は奴隷のように強制労働をさせられ、女性は性奴隷にされた。おまえたちの先祖がした蛮行で、世宗大王の名誉を汚すな!」
一体これは、どの世界線の歴史なのか。
こちらの世界の歴史では、朝鮮の奴隷制度は1894年の甲午改革で形式上(法律上)廃止され、実質的には、1909年に日本が戸籍制度を導入することで廃止されたのだが。
世宗を「聖君」と考えるのはいいけれど、ダークサイドも認めないと議論は不可能になる。
ちなみに、日本語版ウィキペディアには、蔣英実が発明した水時計(自撃漏)と測雨器についてこう書かれている。
「世界初のからくり時計であると現代の韓国でされている」
「世界最初の雨量計であると現代韓国でいわれ」
韓国内では「世界初」と考えられているが、韓国以外の世界はそう認識していない。
世宗王の偉大さを強調したいがために、「フライング」をしてしまったのか。

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