はじめに:日本に住んでいたインドネシア人の嫌いな言葉
知人のインドネシア人、パパイヤ・ダチウ(仮名)は10年ほど前まで静岡県に住んでいて、今は首都ジャカルタの近郊で家族と暮らしている。
パパイヤは日本での生活を全体的には気に入っていたが、日本人から何度かこんなことを言われて、ウンザリしたという。
「インドネシアはイスラム教の国だから〜」
彼は、こういう勝手な決めつけが嫌いだった。
データで見るインドネシアの宗教と多様な民族
その理由は、そもそもそれは事実と違うし、インドネシアが大切にする価値観とも反しているからだ。
インドネシアでは国民の87%がイスラム教徒で、それ以外の信者の割合は以下のようになっている。
キリスト教10.4%(プロテスタント7.4%、カトリック3%)、ヒンズー教1.7%、仏教0.7%。
(ソース:外務省HPの「インドネシア共和国(Republic of Indonesia)基礎データ)
9割の人がイスラム教の信者だからといって、「インドネシア=イスラム教の国」ではない。
インドネシアにはジャワ人、スンダ人、中華系、アラブ系、インド系など約1300の民族がいる。
さらに、国内で使われている言語は公用語のインドネシア語のほかに、ジャワ語、スンダ語、マドゥラ語といった地方言語が500、または700以上もあるのだ。
知人のインドネシア人はスンダ人で、ほかのインドネシア人に聞かれたくない「秘密の話」があるときはスンダ語を使っていた。
「イスラム国家」とは?
知人のパパイヤが「イスラム教の国」と聞いて連想するのは、サウジアラビアやイラン、アフガニスタンといった国々だ。
これらの国ではイスラム教が国教として指定されていて、「シャリーア(イスラム法)」が法律や政治の基礎となっている。
つまり、サウジアラビアやイランは社会全体が宗教ルールによって厳格に管理されている宗教国家なのだ。
寛容な国インドネシアのモットー「多様性の中の統一」
それに対し、インドネシアにはキリスト教徒がいれば、中国にルーツをもつ人たちも暮らしている。
多種多様な人たちが住むインドネシアの国家モットーは「多様性の中の統一」だ。
特定の宗教を国教に指定することはなく、すべての宗教を対等に考えているから、シャリーアで国民を「縛る」ことはない。
パパイヤは、インドネシアではお互いの違いを認め合い、多様性を重んじていることに誇りを持っている。
だから、厳格な「イスラム国家」の仲間と見られることを嫌うのだ。
アチェ州が「例外」である理由
ただし、インドネシアのすべての地域が、以上のような状態になっているわけではなく、例外も存在する。
それが「アチェ州」だ。
アチェの人たちはイスラム教の信仰が強く、世俗的な政策をおこなうジャカルタ政府に反発していた。
そのため、アチェの分離独立を求める武装組織「自由アチェ運動」が生まれ、インドネシア軍と武力抗争をおこない、両陣営で多くの血が流された。
しかし、2005年にインドネシア政府と和平合意を結び、今は「アチェ州」として落ち着いている。
アチェ州の厳しい現実:公開キスで公開鞭打ち刑に
そんな背景から、ここでは特例としてシャリーアが法律になっていて、イスラム教の考え方に反する行為は厳しく取り締まられている。
その具体例は、朝鮮日報の記事を見ればわかる(2026/07/04)。
キスする様子がTikTokライブに捉えられたカップルに21回の公開鞭打ち刑/インドネシア・アチェ州
ある若いカップルがライブストリーミング中にキスをして、それが流出し、拡散されてしまった。
(しかし、なんでこんな自殺行為をするのか。バカップルは世界中にいるらしい。)
結婚前の男女がキスをすることは、イスラム法に違反するのだ。
2人は有罪判決を受け、100人以上の市民の前で、それぞれ21回の公開鞭打ち刑に処された。
アチェ州でおこなわれる鞭打ちがどんなものか知らないが、一般的にこれを受けると、肉が裂けて激しい苦痛を味わうこともあるらしい。
アチェ州では、イスラム教徒以外の市民にもシャリーアが適用されているという。
飲酒や体型が見えるような服を着た女性も処罰の対象となるから、ここでは絶対に日本の常識で行動してはいけない。
まとめ:インドネシアの「多様性」を理解しよう
もちろん、これは「アチェ限定」でインドネシア全体では違う。
知人のパパイヤはイスラム教徒だったが、一般市民にシャリーアを適用するアチェのやり方について、「あれでは人権侵害ですよ」と嫌っていた。
インドネシアは多様性にあふれた国で、さまざまな人が住んでいるから、寛容性が尊重されている。
それがインドネシアの特徴で、誇りに感じているインドネシア人は多い。
だからパパイヤのように、イスラム教徒が多いからといって、サウジアラビアやアフガニスタンのようなイスラム国家と同一視されたくないと思う人もいる。
彼の考え方では、おそらくアチェ州なら「その仲間」と見なしても問題ない。
外国に対して、特定のステレオタイプを持つことは仕方ない。
しかし、世俗国家のインドネシアに「イスラム教の国」という印象は持たないほうがいい。
イスラム教徒のインドネシア人でも、そう言われると抵抗を感じる人が多いはずだ。

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