仏暴動の遠因 「移民を差別するな!」だけのお手軽な正義感

 

第二次世界大戦中、ドイツに占領されていたパリでレジスタンスが立ち上がり、米軍と協力してナチスを駆逐し、パリを解放した。
この歴史的な出来事を描いた有名な戦争映画が『パリは燃えているか』だ。
映画のタイトルは、ヒトラーの「パリは燃えているか?」という言葉に由来する。

さて1週間ほど前の6月27日、パリ郊外で、交通違反をしたとされる17歳の少年が警察官に射殺された。
少年はアルジェリア系の移民の二世だったらしい。
この事件がトリガーとなって、同じ立場にある移民を中心とした抗議デモが仏全土で発生し、すぐに無秩序な破壊行為が始まって暴動となる。
店が襲撃されて商品は略奪され、学校や役所、警察の建物が放火や破壊の被害を受け、手の付けられない状態になっている。
壁には「警察に死を」「警察は人種差別主義者」といった言葉が書かれていて、憎悪の深さを物語っている。

政府は全土に警察官を配置し、これまでに3000人以上が拘束された。
夜間のバスと路面電車の運行はストップし、一部地域では夜間外出禁止令が出されて、まさに『パリは燃えているか』のような混乱が広がっている。

 

 

フランス全土で広がるカオスには驚いたけど、この一件で寄せられた金額も衝撃的だ。
この事件は仏国民に大きな衝撃を与え、すぐに亡くなった少年の遺族への募金が始まり、約3000万円が集まった。
しかし、極右メディアのコメンテーターが警官を支援する募金を始めると、その募金額は約1億5000万円を超えた。

AFP(2023年7月3日)

17歳射殺の警官支援の募金、1.5億円超 仏

警官への募金活動には、フランスの中道与党や左派の政治家が非難の声を上げている。
移民だけではなく、多くの国民が少年や遺族に同情しているはずなのに、募金活動をすると、移民を嫌う「右派の人たち」の方が圧倒的に多い。

 

10年ほど前、日本に住んでいた30代のフランス人男性と知り合った。
都市部に住んでいた彼に、フランス旅行で注意すべき点を尋ねたところ、場所よりも人に注意することが重要だとアドバイスされた。

「フランスの都市部には、北アフリカや中東からの移民がたくさん住んでいる。彼らは街中で狙いやすいターゲットを見つけて、財布やスマホなどの貴重品を盗むんだ。特に外国人旅行者の場合、博物館に入って作品を鑑賞していると、周囲に注意が向かなくなるから、そのスキを彼らに狙われる。有名な観光地の建物の中では常に周囲に気を配って、アフリカや中東系の人たちが近づいていないか確認することが重要だ。こんなことは日本のガイドブックには書いてないだろうけど、フランス旅行ではこれが重要なポイントなんだ。」

いや、それって偏見を超えてもはや差別では…。
そんなボクの驚きは彼には想定内で、彼はフランスが直面している移民問題について話を始めた。

フランスはかつてアルジェリアやモロッコを植民地支配していた経緯から、その過去の「罪」を償う意味でも、これらの地域から移民を受け入れている。
フランス語を話せる人も多いし、彼らが才能を発揮することでフランス社会をより豊かで魅力的にしてくれる。サッカーの仏代表選手にも、移民をルーツとする人はたくさんいる。
私の個人的な知り合いの移民の人たちは、フレンドリーで親切で性格もとてもいい。
だから、「移民=悪いヤツ」と考えるレイシスト(人種差別主義者)のフランス人が嫌いだ。

でも、まったく知らない移民(やその二世・三世)になると話は変わる。
彼らの犯罪率が高いことは現実としてあって、そんなことは誰でも知っているし、友人の移民も認めている。
でも、そんなことを口にすれば「レイシスト」と非難され、攻撃を受けるから、どうしても慎重になってしまう。
心の中で移民への嫌悪や拒否感を感じていても、レッテルを貼られるのが恐いから、そんなネガティブな感情を言葉にすることはできない。
だから、ネットでその怒りをぶちまけると賛同する人が集まる。
フランス人はもともと言論の自由をとても大切にしているけど、自分の不満を口にしにくい状況にあるため、多くの人々がストレスを感じている。
移民や難民による犯罪を指摘すると、「レイシストめ!」と攻撃する人がよくいる。
移民や二世・三世を社会に溶け込ませる努力をしないで、正義の立場から「差別者狩り」に夢中になる人が多いから、右派に魅力を感じる人たちが増えているんだよ。
移民問題をめぐってこのまま分裂が進行すれば、そのうちフランスは大変なことになるだろうね。

 

今回のような大規模な暴動が起こることは、この知人だけでなく、多くのフランス人が予感していたのでは?
客観的に見れば、少年が交通違反をしたとしても射殺はやりすぎ。
だから亡くなった少年に同情し、警官に怒る国民が多いのは理解できるけど、募金をしたら、警官のほうに5倍以上の寄付金が集まったのかのはなぜか。
(これは昨日の数字で、今見たら2億円を超えていた。)

人種差別を否定し、批判するのは当然だけど、それをしているだけで差別は無くならない。
「フランス旅行では移民に気をつけろ」という毒を含んだ彼の話を思い出すと、差別を叩くことに快感を感じて、そうした負の感情を生み出す現実や原因に目を向けなかった人も多かったと思う。
こういう手っ取り早い正義感に嫌気がさして、その反対側にある反移民の考え方に傾く人もいただろう。
実のところ知人がそうだったし、警官支援に募金した人の中にもそんな人がいたのでは?
これは、これから多くの外国人を受け入れる日本の課題でもある。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。