1941年12月2日、東京の大本営から日本海軍の機動部隊に、「ニイタカヤマノボレ1208」という暗号文が送信された。
これは、12月8日にハワイの真珠湾にある米軍基地を攻撃しろという極秘命令だ。
ちなみに、マレー半島で上陸作戦を行う予定だった陸軍には、「日ノ出ハ山形、トス」と打電された。
*攻撃(ヒノデ)は8日(ヤマガタ)という意味。
そして、1941年のきょう12月7日(アメリカ時間)、日本軍の攻撃機が飛来し、午前8時ごろから真珠湾攻撃がはじまった。
これによって、アメリカ側では戦艦4隻が沈没し、約200機の航空機が破壊され、約2300人の軍人と約70人の民間人が死亡した。
アメリカでは毎年12月7日(日本では12月8日)を「National Pearl Harbor Remembrance Day」(国家真珠湾記念日)としていて、犠牲者のための追悼式典が行なわれている。
ただ、軍の施設に民間人がいたり、米軍の砲弾が市街地に落ちたりして民間人の犠牲が出たものの、日本軍は攻撃目標を軍施設に限定し、民間施設や民間人への攻撃を行なわなかった。
にもかかわらず、以前ネットで「日本軍は住宅地も爆撃して市民を殺した」という書き込みを見たことがある。
いまでも、そんなウソつきか無知な人間がいるかも。
真珠湾攻撃
爆発する戦艦アリゾナ
1941年、真珠湾攻撃があった翌日の12月8日、ルーズベルト大統領は国民に向けてスピーチを行い、「将来、恥辱として記憶に刻まれるであろう日」と表現した。
これは「恥辱演説」と呼ばれるもので、大統領はその最後にこう言って演説を終える。
「so help us God. I ask that the Congress declare that since the unprovoked and dastardly attack by Japan on Sunday, December 7, 1941, a state of war has existed between the United States and the Japanese Empire.」
(神よ、我らを助けたまえ。
私は議会に対し、1941年12月7日の日曜日に日本がしかけた、正当な理由のない卑劣な攻撃の結果、アメリカ合衆国と大日本帝国が交戦状態に入ったという布告を宣言するよう求めます。)
このスピーチはアメリカで最も有名な政治演説のひとつで、81%以上の人々がラジオで生放送を聴いた。
ルーズベルト大統領はこの中で、日本の侵略とアメリカの被害を強調し、国民の愛国心を刺激した。
それから80年以上が過ぎ、現在のアメリカでは日本に対する憎悪は無くなったが、12月7日が「恥辱の日」であることは変わらない。
でも、いまの日米は信頼できる同盟関係にあり、強敵が「とも」になる少年ジャンプみたいな展開で、米軍と自衛隊もタッグを組んでいる。
海上自衛隊の艦船や潜水艦が旭日旗を掲げながら、当たり前のように真珠湾へ入っていくのだから、時代も意識も大きく変わったのだ。
太平洋戦争の現実①敵は“飢え”。日本兵がフィリピンでしたこと
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