中国の「反日」の移り変わり 2012年の大規模デモと現在

 

外務省が中国にいる日本人やこれから向かう日本人を対象に、こんな注意喚起を出した。

・外出の際には不必要に日本語を大きな声で話さないこと。
・日本大使館や総領事館、日本人学校を訪問する必要がある場合は、周囲の様子に細心の注意を払うこと。

日本人が中国で街を歩くときには周囲に気を配り、慎重な行動をするよう呼びかけたのは、中国内で「反日感情」が高まっていたからだ。
ただし、これは2023年8月の話。
このころ中国では、日本が福島原発の処理水を海へ放出したことに対して怒りの声が上がっていて、中国にある日本人学校に石や卵が投げ込まれたり、日本に関係する機関や飲食店に嫌がらせの電話がかかってきたりしていた。
それで、日本人であることがバレると危険な目にあう可能性があったため、外務省が「ALPS処理水の海洋放出開始に伴う注意喚起」を出すこととなった。

 

それから1年後、中国南部の深圳市で、日本人学校に通う10歳の男の子が登校中に中国人の男に刃物で刺されて死亡する事件が発生。
この最悪の事態が日本人社会に与えた影響や恐怖は大きかった。

読売新聞の記事(2024/09/20)

ランドセルの使用自粛・外で日本語を話さない…深圳の男児刺殺、中国各地の邦人社会に影響

子どもたちは、おそらく中国の子どもと同じようなリュックを背負って学校へ行き、大人たちもできるだけ外出を控えるようになった。
記事の中で中国に住む男性駐在員は「不安だ。家族で外出する際は日本語を使わないよう、改めて気をつけたい」と不安そうに話す。
安全を最優先にし、日本人と分かるような格好や言動をしないという動きが広がっているという。

 

2012年に中国の各地で、大規模な反日デモが発生したことを覚えている人は多いと思う。
このとき一部が暴徒化し、日本企業の工場や販売店などが破壊されたり放火されたりする被害を受け、日系のスーパーやコンビニも商品を略奪された。
このときの暴徒には分別も見境もなく、中国人がオーナーの日本料理店や日本車も破壊された。こうした「反日の嵐」に巻き込まれないように、中国の国旗を掲げて愛国心をアピールする経営者やドライバーも多くいた。
悲惨なのは、西安で日本車に乗っていた50代の中国人だ。
彼は家族と買い物に出かけていたところ、十数人のデモ隊に襲われ、鈍器で何度も頭を殴られて右半身を動かせなくなり、言葉もうまく話せなくなってしまった。

 

 

 

 

西安にある兵馬俑は中国を代表する遺跡。
「俑(よう)」は人形のことで、秦の始皇帝の墓を守るために作られて埋められた。

 

 

その1年後、現地の反日感情に不安を感じつつ中国を旅行した。
反日デモがとくに激しかった西安では、ボクが日本人とわかると、ホテルのスタッフから宿泊拒否をくらい、『地球の歩き方』を持って街を歩いていると中国語で怒鳴られた。
…そんな展開もあり得ると思い、事前に日本語ガイドを予約していた。
警戒心マックスで西安に入ったら、ホテルでは「よく来てくれた! 日本人の客は好きだから、戻ってきてほしいと思っていたんだ」と歓迎されて、全身の力が抜けた。
20代の女性ガイドからは、「あ、もう“反日”の心配なんてしなくていいですよ」とカジュアルに言われ、またも肩透かしをくらう。注意を受けたのは、街中でスリの被害に遭わないように、財布をズボンの後ろポケットに入れないようにということぐらいだ。
実際、ガイドがわりと大きな声で日本語を話しながら街を歩いても、何かが起こる気配すらない。西安が平和すぎて、去年見た衝撃映像は、違う世界線にある中国での出来事だったのかと思ってしまう。

しかし、確かに一年前、反日デモがあったころは大変だったらしい。
彼女の旅行会社では日本人のお客さんの安全を守るために、兵馬俑へ向かうバスの中で説明をして、現地では日本語を一切話さないことにした。
日本人は約束をしっかり守って、誰も何も話さず、ガイドの後についてみんな無言のまま移動して、兵馬俑を見て回った。
いまから考えると、あれは緊張感に包まれた異様なツアーだったという。

 

ガイドは反日デモを振り返って、「でもね、あんなことはもう起こりませんよ」と太鼓判を押す。その根拠は、あの騒ぎは共産党政府の予想を超えたレベルに発展し、中国が大きなダメージを受けたから。
あの暴動で日系企業が襲撃され、商品を略奪されたことは全世界に放送され、中国のイメージが傷ついた。こんな不安定な状態では海外投資が減って、中国経済はマイナスの影響を受けてしまう。
それに、あのデモが発生した原因には中国政府への不満もあり、実は反日に名を借りた「反政府デモ」の一面があった。あれを見て中央政府や地方政府は、何かきっかけがあれば政府に対する本格的な抗議デモに発展する恐れがあると感じたため、「反日愛国」をスローガンに掲げても、もう大人数が集まってデモ活動することはできなくなるとガイドは話す。
彼女は共産党員だから、話の信頼性は高いと思う。

 

激しい反日デモから14年が過ぎた。
その間、中国で日本に対する大規模なデモ活動や暴動は発生しなかったから、その面ではガイドの予言は正しかった。
しかし、今回の悲劇の原因としては、SNSで反日感情をあおる動画が「野放し」に出回っていたことが指摘されている。
あれは「偶発的」な事件ではない。犯人の男が過激なコンテンツを見て、ゆがんだ愛国心が刺激されて凶行に走ったのだと思う。少なくとも、反日感情と無関係ではないはずだ。

この事件の後、日中の対立をあおる動画などをポストしていたアカウントが大量に閉鎖されたから、答え合わせができてしまった。
反日デモが暴徒化することはもうないかもしれないが、反日感情をあおるネット投稿と「無敵の人」(何も失うものがないため、何でもできる恐怖の人)が負の出会いをすると、また通り魔的な犯罪が起こるかもしれない。
いちばん重要なことは、国民の心から反日感情を消すことで、対症療法には限界がある。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。