中国は韓国をどう見てきたのか? 古代は「蔑視」、現代は「軽視」

1月10日は、紀元9年に王莽(おうもう)が前漢を滅ぼし、「新」を建国した日日とされている。そこで今回は、中国が歴史の中で韓国をどのように見てきたのかを考えてみよう。
結論をひとことで言うと、古代は「蔑視(見下す)」、現代は「軽視(相手にしない)」だ。

目次

古代は感情的な「蔑視」

王莽とは何者だったのか

約2000年前、王莽は「秦」ではなく「新」の皇帝となった。しかし政治家としての資質は低く、国内を混乱させ、わずか15年で国を滅ぼしてしまった。
後の中国人は、王莽を皇帝の位を奪った簒奪(さんだつ)者として強く非難した。その憎しみは、漢字にも表れている。

漢字に込められた侮辱

「莽」という字の中にある「大」は、じつは「犬」なのだ。現在は使われていない漢字なので変換できないが、これは有名な話で、王莽に関する解説サイトでもよく紹介されている。
昔の中国人が、どれほど王莽を憎んでいたかが分かる。

 

王 莽(前45年 – 23年)

高句麗への露骨な蔑視

「あなたの母校の伝統はなんですか?」
「蛍光灯です」

漢字は意味を持つ文字なので、こうした言葉遊びができる。
同じように、「大」を「犬」に変えることで、相手を侮辱することも可能だ。
王莽は高句麗に対して同じことをした。当時、王莽は高句麗の支配者の称号を「王」から「侯」に下げ、君主としての格を落とした。

さらに、北方の匈奴(きょうど)を討伐するため、高句麗に協力を命じた。しかし高句麗がこれを嫌がり、拒否する動きを見せると、王莽は激怒し、高句麗侯(王)を処刑したという。
それでも怒りは収まらず、「高句麗」の「高」の字を「下」に書き換え、「下句麗(かくり)」と呼ばせた。これは皇帝の命令だったため、当時の公式文書にもその名が使われている。

中華思想と冊封体制

古代中国には、自国こそが世界で最も進んだ文明国であり、天下(世界)の中心だと考える中華思想があった。
中国は自国を最上位に置き、周辺国を一段、二段下に置く国際秩序をつくった。これを冊封体制という。この体制では、周辺国は中国の価値観や道徳を受け入れ、皇帝の命令に従うのが当然とされた。

そんな中国的な価値観からすると、冊封体制にある高句麗が命令に従わないことは、絶対に許されなかった。そこで王莽は国名を変え、高句麗全体を「軽蔑すべき存在」に格下げしたのだ。
王莽は国名を変更することで、高句麗を完全に支配しているという満足感を味わたかったと思われる。周囲の国や人を見下す王莽の「政治マウント」は、多くの反発を生み、新を短命で終わらせる原因となった。

中国の「上から目線」の見方は、日本に対しても同じだった。
中国は、周辺の国々を野蛮な国、異民族を蛮族と考え、中国の東に住む人々、つまり現在の韓国人や日本人を「東夷(とうい)」と呼んでいた。これは「東に住む野蛮人」といったニュアンスだ。

現代は政治的な「軽視」

時代が流れ、中華思想は歴史の中に消えたのだろうか。
韓国への中国の態度を見ると、そうとは言い切れない。
「蔑視」という感情的な態度はなくなったが、より政治的な「軽視」へと移り変わっているようにみえる。
たとえば、「東北工程」だ。

東北工程とは何か

4年前、聯合ニュースにこんな記事があった(2022.09.16)。

中国博物館が高句麗削除の韓国史年表撤去 日中の年表も外す

2000年ごろから、中国では高句麗を韓国(朝鮮)の国とは認めず、「中国の地方政権だった」と位置づけ、中国史に組み込もうとする動きが強まった。
韓国では、この動きを「東北工程」と呼び、高句麗は民族のアイデンティティに関わる問題だとして、「歴史歪曲」だと激しく反発している。

※中国には中国の主張があり、どちらが正しいかはわからない。

博物館から消された高句麗

2022年は、中国と韓国の国交正常化30周年だった。
その記念として、中国国家博物館でイベントが開かれ、韓国側は歴史資料として年表を提供した。
しかし、展示された年表からは、高句麗に関する部分が削除されていた。
中国側はこれを「自己判断」で消し、高句麗を韓国の歴史とは認めず、中国史の一部として紹介していたのだ。
古代の王莽は国名を変え、21世紀の中国は記述を消したことになる。

韓国の抗議と中国の対応

韓国では「歴史の略奪だ」と強い反発が起こり、年表の修正を求めた。しかし中国側は修正せず、年表を撤去しただけ。
これは、「高句麗は古代中国の一地方政権であり、その歴史は中国史の一部だ」という認識を変えない、という意思表示だ。
韓国の外交部(外務省)が抗議しても、中国外交部の報道官は「政治的に騒ぎ立てる必要はない」と一蹴する。

現代に残る上下意識

「東北工程」については、韓国が何度も抗議しているにもかかわらず、中国国内の博物館や教科書では、高句麗は中国史として扱われている。
中国は、韓国の反発を「小国の騒がしい主張」として、真剣に受け止めていないように見える。

つい先日も、中国を国賓として訪問した韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領に対し、習近平国家主席は「歴史の正しい側に立ち、戦略的選択をすべきだ」と話した。
これは、アメリカや日本と対立する中国側に立つよう圧力をかけたものだ、という見方が強い。

まとめ:蔑視から軽視へ

古代中国は中華思想にもとづき、朝鮮半島の国を蔑視した。冊封体制で頂点に立ち、「自分が上で、相手が下」という関係をはっきりさせてきた。
現代の中国は韓国を「戦略的に重要ではあるが、対等に議論する相手ではない」と軽視しているのではないか。韓国は世界的な経済大国となったが、中国は今も対等な主権国家ではなく、自国中心の秩序の「周辺国」として扱い、自国の利益のために利用しているように見える。

2017年には中国で文在寅大統領が訪問中に、中国人警備員が韓国人記者を集団で殴って蹴り、さらに踏みつけて顔面の骨が折れたり、眼球が飛び出したりするほどの大怪我を負わせた。
この「韓国人記者集団リンチ事件」について、中国側は賠償も謝罪を拒否し、逆に責任は韓国側にあるとほのめかした。
こうした中国の「韓国軽視」を、誰よりも強く感じているのは韓国の人々だろう。
韓国も儒教の影響のせいか、日本に対して「上か下か?」を気にしがちだけれど。

 

 

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この記事を書いた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。
また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。

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