前に、日本が好きで、静岡の大学に留学していたドイツ人(20代の男性)から、こんなことを言われた。
「ぼくにとって日本の大きな魅力は、ユニークな文化がたくさんあることなんだ」
たしかに、日本には古い文化が今も生き続けている。日本人からすると当たり前のことでも、ヨーロッパの歴史を見ると、これは“奇跡的”なことだ。
「七草かゆ」でドイツ人が感じた疑問
正月休みが終わって仕事や学校がはじまったころ、日本では「七草がゆ」を食べるのが、昔からのお約束だ。
「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ」には、消化を助けたり、血を増やしたりする働きがあり、体にとても良い。
1月7日に春の七草をおかゆにして食べると、邪気が払われ、病気をせずに1年を健康に過ごせると信じられてきた。
令和の今でも、そんな信仰というか言い伝えにあやかって、1月7日に七草がゆを食べる習慣は全国に残っている。
日本の文化に興味があるというそのドイツ人に、正月や春の七草の話をすると、こんな質問をされた。
「新年に七草がゆを食べるのは、神道に由来する文化なのか?
日本人は正月に、年神が宿った鏡餅を食べて特別な力をもらうと聞いた。
七草にも神が宿っていて、それを体に取り込むことで邪気を払ったり、無病息災を願ったりするのか?」
なるほど、これは困った。七草がゆの“力の正体”なんて考えたことがなかった。
調べてみると、春に芽吹く七草には「植物の強い生命力」や「自然のエネルギー」がある、という考え方は見つかったが、はっきりした答えはなかった。
木や石などの自然のものに神が宿ると考えるのは、神道の大きな特徴だ。そのため、七草がゆにも「霊的な力を取り込む」という発想があるかもしれない。
ただ、日本では、春の七草が特別な力をもつ理由について、ほとんどの人はそこまで深く考えず、「昔からそうだから」という感覚で続けている気がする。

おにぎりの形が三角形をしているのも、「山にいる神の力を吸収するため」と言われる。
ヨーロッパ:一神教世界における文化の「禁止」と「吸収」
そのドイツ人はこうも言っていた。
もし古代のドイツに七草がゆのような風習があったとしても、歴史の中で消えるか、形を大きく変えられていただろう、と。
ヨーロッパと日本を比べると、文化の保存という点で、キリスト教の影響がとても大きいことがわかる。ヨーロッパでは、キリスト教が広まる過程で、それ以前からあった土着の信仰や習慣が「反キリスト的」とみなされて廃止されたり、新しい解釈を与えられ、キリスト教の中に取り込まれたりしてきた。
現代の日本人も親しんでいるクリスマスやハロウィン、バレンタインデー、もともとは異教の祭りで、キリスト教が吸収した結果だと考えられている。
たとえば、バレンタインデーの起源は、古代ローマの「ルペルカーリア祭」だという説が有力だ。
【ルペルカリア】バレンタインの起源? 古代ローマの“エロ祭り”
知人のイギリス人も、「ハロウィンはケルト人の信仰だったが、キリスト教にハイジャックされた(乗っ取られた)」と話していた。
以前、別のドイツ人を神社に連れて行ったところ、彼は「ご神木」がとても印象に残ったと言った。
キリスト教が広まる前、ドイツにも木を神として信仰する文化があった。しかし、キリスト教によってそれは禁止され、神(ゴッド)だけを崇拝するようになったため、今ではどんな信仰だったのか、ほとんどわからなくなっているという。
彼は神社のご神木を見て、古代のドイツ人も、こんなふうに大きな木にロープを巻いて信仰の対象にしていたかもしれない、と思った。

ヨーロッパにおける文化の「変容」
ヨーロッパでは、15世紀から18世紀「魔女狩り」がおこなわれ、数万人が処刑された。
このとき、薬草を集めて薬を作っていた女性が標的になることもあった。森で植物を採り、薬を調合する行為が「魔女」と結びつけられ、生きたまま焼き殺された人もいた。
七草がゆの話を聞いたドイツ人は、この魔女狩りを思い出したという。
もし中世ヨーロッパに七草がゆのような風習があったら、邪気を払うという力を「神の恵み」と考えて感謝すれば、それは生き残れたかもしれない。しかし、精霊や悪魔の力と結びつけたら、きっと禁止され無くなっていた。
超自然的な力は、すべて神に由来すると考えなければならなかった。それがヨーロッパの一神教社会だった。
その辺の事情について AIに英語で質問をすると、こんな答えが返ってきた。
「村の『賢い女性(薬師)』が草をつむ際に、キリスト教と違うことばを唱えたり、異教の精霊を呼び出したりすると、それは迷信や異端とみなされた。トラブルを避けるため、多くの民間の治療師は古い呪文をキリスト教の祈りに置き換えた。たとえば、鍋をかき混ぜながら主の祈りを唱える、などである。」
こうしたことを考えると七草かゆの習慣も、「神のおかげ」と感謝しておこなえばセーフで、神を無視したらアウトになりそうだ。どっちにしても、キリスト教に取り入れられることは間違いなさそう。
ヨーロッパと違って、日本で古来の文化が残されている理由
日本では、仏教と神道のように、まったく違う信仰が古くから共存できていた。外来の思想に「乗っ取られる」ことがなく、昔の風習が大きく形を変えずに生き残ることができた。
一方、厳格な一神教の世界では、異なる神や精霊への信仰は否定され、異教の行事は消されるか、「キリスト教化」されるしかなかった。
日本には、そうした排除の歴史がほとんどなかった。そのため、文化が断絶せず、今でも昔ながらの形で残っているのだろう。
特定の草を煮て食べ、特別な力を取り込むという発想は呪術的で、ヨーロッパでは危険なものと見なされた可能性が高いため、きっとそのままの形で存続することはできなかった。
千年以上前の人々の願いや感性が詰まった七草がゆの風習は、日本の多神教的な寛容さをよく表している。
日本の文化は、強い影響力をもつ外来思想に上書きされるのではなく、過去の上に新しい要素を重ねながら発展してきた。キリスト教が支配的だったヨーロッパでは、見られなかった現象だ。
「日本の大きな魅力は、ユニークな文化がたくさんあること」というドイツ人のことばの裏には、そんな長い長い歴史がある。

日本は異民族に征服され、支配をうけたことがない。そのため、「世界最古の国」ともいわれる。古い文化が今も保存されているのは、そんな歴史のおかげでもある。

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