インドは日本の約9倍の面積があり、人口は約14億5千万人と中国を抜いて世界1位になった。インドと日本の関係はますます深くなっている。
先月には、米沢市の文化を紹介するイベントが首都ニューデリーで開かれ、紅花染(べにはなぞめ)体験や日本酒の試飲会が行われたという。
ぶっちゃけ日本でも「米沢市ってどこにあったっけ? 米沢の文化は…ごめん、何も思い浮かばない」という人がいると思う。日印が近づいていることは知っていたけれど、インド人に米沢の伝統文化を紹介して、観光PRをするほどとは思わなかった。
さて、これから登場するのは、インド南部のタミル・ナードゥ州出身の20代のインド人男性で、彼はいま留学生として日本の大学で学んでいる。今回は「南北の違い」について話を聞いた。
ーーインドは本当にデカい。東西ヨーロッパを合わせたぐらいの面積があって、約600の言語がある。でも、ざっくり言うと、文化的には大きく南北で分かれているよね?
(チャレンジ41か国語~外務省の外国語専門家インタビュー~)
そう。たとえば、ヒンディー語はインドの公用語になっていて、北部では広く通用するけど、タミル人の私は話すことができない。地元の人とはタミル語で、北部の人とは英語で話せばいいからね。
ーーそういう「THE・多様性」が日本にはない。日本で生まれ育った日本人どうしで、言葉が通じないから、英語で話し始めるということは絶対に起こらない。国際交流イベントで、英語が話せない日本人が集まって日本語で会話する場面なら十分ある。
はるか昔、インド北西部からアーリア人が侵入してきて、多くの人がその征服者から逃げるために南へ移動した。だから、今でも北部にはアーリア系の人が多く、南部にはドラヴィダ系の人が多い。見た目でいうとアーリア系の人はわりと色白で、ドラヴィダ系は一般的に肌が黒い。
ーーそう言えば、アーリア民族は白人系だから、「お釈迦さまは白人だった説」なんてものもあったっけ。
ヒンディー語はサンスクリット語をベースにしているけれど、タミル語は系統がまったく違う。インダス文明はドラヴィダ人が築いた文明で、そこで使われていた言葉がタミル語のルーツと言われているんだ。タミル語はたぶんインドで最も古い言葉で、私はそれを誇りに思っている。
ーーインド南部、特にタミル人がヒンディー語を使いたがらないのも、アーリア人がもともと「征服民」だったという歴史的なトラウマがあるから?
いや、それを意識したことはない。単純に必要性の問題だろうね。
私の住んでいた地域では、ヒンディー語を話せなくて困ることはなかった。学校でヒンディー語をほとんど習わなかったのも、私たちには特に必要がなくて、その時間とエネルギーがムダになるからだと思う。
ーー日本人が英語を話せない理由と同じか。知能や言語センスの問題ではなくて、英語を話せなくても普通に生活できるから必要性がない。だから、学ぶ動機が薄い。
シンガポールにあるリトルインディア(インド人街)
ーーシンガポールやマレーシアにいるインド人はドラヴィダ系のタミル人で、彼らを中心にインド人街が形成されている。それで、あるタミル人から、北部にある首都デリーは文化が違うから、シンガポールの方が親しみを感じると聞いて驚いた。君はどう思う?
それはそうだよ。
街中の看板にタミル文字が書かれているのを見たり、人々がタミル語を話すのを聞いたりすると安心感や親しみを感じる。北インドは文化が違うし、ちょっと怖いからあまり行きたいとは思わない。
*ヒンディー語はインド全体の公用語で、タミル語はタミル・ナードゥ州の公用語となっている。一方、シンガポールではタミル語が国の公用語に指定されている。
ーー南北だけで民族や言語、歴史的にいろんな違いがある。やっぱりインドは広くて、多様性の洪水状態だ。
コメント