意外に感じるかも知れないけれど、いま日本と中国は、見方や認識が一致しているのだ。お互いわかり合えないという意味で。
昨年末に公開された日中の世論調査によると、中国で「日本に良くない印象」を持つ人の割合は87%、日本で「中国に良くない印象」を持つ人は89%で、両国ともに約90%の人々がネガティブな印象を持っていることが判明した。
ただし、日本について言えば、その印象は現代の中国に向けられたもので、数百年以上前の中国に対しては好意的に考える人も多い。近代史は地雷でも、遠い過去の話ならお互いに近づくことができる。今回はそんな話だ。
「コカ・コーラ」の漢字訳は名訳と言われる。
最近、ネットで日本語を学んでいる中国人(20代・男性)と知り合って、彼と話をしていると、『三国志』の話題で盛り上がった。しかし、日中では漢字の読み方が違うから、会話は何度も一時停止して、スムーズに進まなかった。
中国語の発音で「リュウベイ」、「グァンユゥ」、「ツァオツァオ」と言われても、それが劉備、関羽、曹操だと気づくまで少し時間がかかる。「ジャンフェイ(張飛)」はパンダの名前みたいだし、「シャアホゥユァン(夏候淵)」はそういう高級中華料理と言われたら信じてしまう。
もちろん、漢字を見れば一瞬で理解できる。
漢字の読み方以前に、日本と本家・中国の三国志ではそもそも内容が違う。
ボクの三国志観は、劉備を主人公とする吉川英治の作品に強い影響を受けている。でも、彼が読んだ三国志は「日本版」ではないから、同じ三国志を話題にしていても、前提が少し違うということを踏まえたうえで、以下を読み進めてほしい。
彼が好きな三国志の人物はツァオツァオ(曹操)だ。「曹操推し」の理由は、彼は頭が良くて強く、とても優れたリーダーだったから。その資質は、華北を統一して魏を建国したことに表れている。
曹操は野心的で上昇志向が強く、才能のある人間を積極的に採用した。たとえ敵であっても、関羽の武力にホレ込み、何とか家臣にしようと努力したところに、彼は曹操の「らしさ」を感じた。
現代の中国の若者に聞けば、三国志の人気ランキングで曹操はトップか、少なくても上位3位に入るらしい。
ボクとしては、そんな見方には賛成できても、彼のテンションにはついていけない。
曹操は残酷な性格をしていて、家臣の才能を重視するあまり、それで人の「価値」を決めていて、役に立たない人間や気に食わない人間はすぐに殺してしまった。人を殺しすぎた点はマイナスだ。
ボクの推しは人徳者で、漢王朝に忠実だった劉備玄徳だから、曹操は劉備のヒーロー性を高めるヒール役としては最高の人物でも、あまり尊敬はできないし、憧れない。
一方、彼の意見は違う。
劉備は誠実で人徳のある人物だけど、目を見張るような知力や武力はなく、結局はただの「いい人」で、キャラが薄い。曹操ほどの強さ、熱さ、賢さがなく、指導者としての積極性も感じられない。
劉備が主君と家臣の関係を絶対的に考えるところも、古い封建制度の雰囲気を感じて引いてしまうらしい。
それに息子で蜀の第二代皇帝・劉禅はとんでもないバカで、劉備は後継者を育てることに失敗したことも評価を下げるポイントだとか。
*曹操を主役として描く『蒼天航路』を読むと、曹操のファンになるから、やっぱり「どの三国志」を読んだかは重要だ。
彼も、曹操は冷酷な悪役で、漢王室を実質的に滅ぼしたという暗黒面は知っていた。でも、彼は「民衆中心主義」で、曹操が不必要に民衆を虐殺したことはないから、敵や家臣に対して過酷な面は目をつぶっていた。
劉備のような無能な人格者に乱世を収束することは不可能で、混乱した時代が続くほど民衆は苦しむから、あの時代には曹操のような強いリーダーが必要だった。
それに国は漢王室のものではない。人々の生活が豊かになるなら、王朝は滅ぼしてもかまわないというのが、彼の考え方だ。
といっても、あの時代に誰がトップになったら、民衆にとって最も幸福だったかは歴史ファンタジーの話で、正解は誰にもわからない。
中国では「易姓革命」が何度も起こり、王朝がコロコロと替わった。それに対して、日本では王朝交代が一度もなく、皇室はギネス記録で「世界最古の王朝」と認められている。彼と話をしていて、お互いの認識の違いには、そんな日中の歴史の違いが背景にあるような気がした。
いまネットで、いくつか三国志の人気キャラ・ランキングを見てみたけれど、どれでも劉備が曹操の上位にいる。日本ではやっぱり劉備の人気は高い。
歴史上の理想的な人物には、その社会の価値観が反映されている。
現代の中国は超競争社会だから、そこで生きるためには、きっと曹操のような狡猾さやたくましさが必要だ。一方、日本では、あちこちに無人販売所があるような信頼性の高い国だから、劉備のような誠実さや正直さが理想とされる。
もちろん、これは個人的な意見。
オマケ
曹操の恐ろしさは中国でも知られていて、「説曹操 曹操到」(曹操の話をすれば、曹操がやってくる)という言葉があることを知った。日本語でいうなら「噂をすれば影」だ。
曹操は国中に情報網を張り巡らせていたから、彼の批判をすると、すぐに曹操が現れて首をはねられる。曹操にはそんな「恐怖の支配者」のイメージがあるらしい。
この言葉の使い方はこんな感じだ。
のび太とスネ夫がジャイアンの悪口を言いながら道を歩いていると、ちょうどジャイアンが横道から出てきて、2人が真っ青な顔をして「説曹操 曹操到!」と叫んでダッシュで逃げる。
今回の話で、中国をちょっとでも身近に感じられたらいいのだけど。
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