ニューヨークに住んでいて、日本に興味があり移住を考えている60代の黒人男性とオンラインで話をした。彼はちょっと変わった人物だ。
アメリカにいる黒人(アフリカにルーツを持つ人)は一般的に「アフリカ系アメリカ人(African American)」と呼ばれているけれど、彼はそれをひっくり返して、自分を「アメリカ系アフリカ人(American African)」と呼ぶ。アフリカ人であることを誇りに思い、白人に対しては厳しい見方をしている。
今回は、そんな彼が神道を知って感動したという話を書いていこう。
ーーこんにちは、久しぶり。
久しぶりだな。最近は何かあったか?
ーー日本ではお盆休みが終わって、日常に戻ったところ。お盆って知ってる? 8月の中ごろにあって、先祖の霊が戻ってきて一緒に過ごす期間のこと。
死者がこの世に戻って来るから、内容は「日本版ハロウィン」で、社会の位置づけとしてはサンクスギビングみたいな大型連休だ。
あなたは最近どう?
いろいろあったよ。大学に入って新しいことを学び始めたりね。そう言えばこの前、久しぶりに「おにぎり」を食べたよ。
ーーおにぎりか。日本人のそのソウルフードはアメリカで有名?
いや、そんなでもない。日本文化に興味のある人が知っているぐらいじゃないかな。
ーーところで、おにぎりは英語でよく「ライスボール」って言うけど、実はあれは「球(ball)」だと意味がない。おにぎりの形が三角形をしている理由を知ってる?
いや、知らない。鮭のおにぎりがとてもおいしいことは知っているけれど。
ーー日本人は、神は山にいると考えていて、その形を模した「三角形」を食べることで神の力を吸収できると考えた、という説があるんだ。
マジか! あの形にはそんな深い意味があったのか。

正月に食べる鏡餅は、山(三角形)の形を表しているとも言われる。
鏡餅は新しい年の幸せをもたらす「年神さま」へのお供え物で、年神の依り代でもある。
ーー「神は高いところにいる」という考え方は神道だ。神道では「場」をきれいに掃除して、そこに祭壇を作って神を呼ぶ儀式を行うことがある。
アメリカにもそんな信仰はある?
先住民なら、木や石、川などの自然物に精霊が宿っているという信仰を持っているから、きっとそんな儀式もあるだろうな。西アフリカにもそんな文化がある。君は「ブードゥー」を知っているか?
ーーなんとなく…。カリブ海の国やアメリカ(特に南部)の民間信仰で、呪術師が人形を使って人間に苦痛を与えたり、ゾンビを思いどおりに操ることができる、みたいなホラーなやつ。
それは、アメリカ人がドラマや映画で勝手につくった部分が多い。
ブードゥーはアメリカ大陸に連れてこられた黒人奴隷が始めた信仰で、そのルーツは西アフリカの先祖崇拝や精霊信仰にあるんだ(West African Vodún)。
彼らは歌ったり踊ったりする儀式をして、先祖の霊や精霊を呼び出して生活に必要なアドバイスを聞いていたんだ。
ーーそれだけを聞くと、方法が違うだけで、考え方は神道とよく似ているな。
神道では木や石などの「依り代」に神が宿ることになっている。これは日本独特の文化や考え方だから、英語版ウィキペディアでも「Yorishiro」と日本語が項目名に採用された。
そうなんだよ! わたしが神道の本を読んだとき、これは自然界の精霊とつながる素晴らしい考え方で、西アフリカのブードゥーと重要な考え方は同じだとわかって驚いたし、感動したんだ。先祖の霊がやってくるという「お盆」の考え方もブードゥーにはある。
でも、白人がキリスト教的な価値観から、映画や小説でブードゥーをオモシロ恐ろしく描いて、それが人々に受け入れられたから誤解が広がった。
元となったアフリカのブードゥー信仰と、現代の悪魔化されたブードゥーはまったく違う。残念なことに、邪悪なイメージに合わせて、金儲けのためにブードゥー文化を利用する人たちがいるから、誤解はさらに広がっている。
ーー「ビジネス・ブードゥー」か。宗教を商売に利用することは日本でもある。
自然物に精霊が宿っていて、人間が祭壇を作って、敬意を表す儀式を行う信仰は世界中で自然発生的にあった。これはきっと人類最古の信仰だろう。でも、アフリカへやってきたキリスト教徒やイスラム教徒は、そんな文化を「野蛮」として否定し、破壊した。
今でも西アフリカには、ブードゥーの信仰が残っているけれど、多くの文化が失われたし、キリスト教やイスラム教の影響を受けて変質してしまったものも多い。
ーーその点、島国の日本はラッキーなことに、異民族に支配された歴史がない。だから、古代の信仰がそのまま生き続けている。
日本はその意味でも興味深い国だね。

ピンが刺さった人型の像。
昔、イギリスで魔術師がこれを使って魔女と戦った。これも英語では「ブードゥー人形」と言われる。
フランスを代表する民族学者・レヴィ=ストロースは何度か来日し、日本の文化についてこう評した。
「私が非常に素晴らしいと思うのは、日本が最も近代的な面もおいても、最も遠い過去との絆を維持し続けていることができるということです。」
日本の文化を知って、同じことを感じる外国人は今でも多い。

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