外国人と京都を旅行中、たしか嵐山のあたりを歩いていたら、ドイツ人が上の像を見つけて、「あれは神さまの像だろ? 何かかわいらしいな」と言ってスマホを向けて写真を撮っていた。
毛のない像だけならお地蔵さんかと思ってしまうけれど、男女がセットになっていることすると、道祖神でまず間違いない。キュートな見た目はきっと観光客を意識している。
ではこれから、日本人の身近にいるこの神さまについて知っていこう。
道祖神の役割
21世紀の日本人なら、ヒトが感染症になるのは、それを引き起こすウイルスが体内に侵入することが原因だと分かっている。しかし、はるか昔、ご先祖さまにそんな科学的な知識があるはずもなく、病気にかかる理由は疫病神などの悪神が家に侵入するため、と信じられていた。
この考え方を村全体に拡大し、病気を含めさまざまな厄災をもたらす疫病神や悪鬼などをブロックして村人を守るため、村の入り口に道祖神を設置した。
ネット時代の現代で道祖神をたとえるなら、悪意を持った者のサイバー攻撃からネットワークを守るためのファイアウォール(防火壁)だ。
道祖神のカタチは多種多様だ。人間の姿で男女ペアになっているもの、平たい石に「道祖神」と文字だけ刻まれているもの、お経が彫られているもの、丸っこい自然の石など、さまざまな道祖神がある。
この神さまはわりと万能で、村全体を災厄から守っているだけではなく、旅の安全や豊作もカバーしているし、男女の像は縁結びや子授けの神を象徴しているとされる。

赤い鬼(疫病神)が家に侵入しようとするが、入り口に火の魔除けのためにそれができない。
道祖神の歴史
道祖神は中国から伝わった「道祖」という神と、日本の「塞の神(さえのかみ)」が習合して誕生したといわれる。
辞書(改訂新版 世界大百科事典)によると、道祖は中国で「道の神」と見なされ、人びとは旅の安全を祈願していた。それがいつの間にか、金運を上げてくれる財神として信仰されるようになり、道路神としての役割は失われたという。
塞(さえ)には「さえぎる、ふせぐ」という意味があり、「塞の神」は日本に古来から伝わる神で、外部からの悪霊や疫病神の侵入を止め、内側にいる人たちの安全を守っていた。道祖神と同じような神というか、同一視されることも多い。
平安時代、道祖(道祖神)は「さいのかみ」や「さへのかみ」と呼ばれ、鎌倉時代に「どうそじん」と読まれたという記録がある。
中央(奈良や京都)から地方へ「道祖神」という名前が広がり、それぞれの地域で昔からあった土地の神がそう呼ばれるようになったのだろう。だから、道祖神にはさまざまな形や役割がある。

中国人の意見
現代の中国では、道祖神の元となった「道祖さま」はどうなっているのか?
そんな疑問がわいてきたので、台湾人にメールで聞いてみると、「道祖は今でもいますよー」という答えが返ってきた。しかし、中国文化圏でそれは「三清道祖」と呼ばれ、「道を伝え、宗を開き教えを立てた始祖」とのこと。どうやら「道教の開祖」という意味のようだ。
*道教は中国でうまれた多神教で、不老不死の仙人は道教に出てくる伝説上の人物だ。
知人の中国人に聞くと彼の意見も同じで、「道祖」の文字を見ると、多くの神々がいる道教の中でも最高位にいる「三清」が頭に浮かぶらしい。三清とは元始天尊、霊宝天尊、道徳天尊(老子を神格化した)の3つの神を指し、道教において三清の尊厳と地位は比類ないほど高い。
彼が中国にいたとき、疫病が発生すると、人びとは道祖(三清)に祈ったという話を聞いたことがあるという。
※道教の最高神としては玉皇上帝(ぎょくこうじょうてい)が有名で、天界・地上・地下のあらゆる世界の支配者とされている。三清と玉皇上帝の関係はよく分からない。
上の台湾人も中国人も、道祖神の元ネタとなった「道の神」としての道祖は知らなかった。今の中国でその意味での道祖は消えたか、知名度の低いマイナーな神になっているらしい。
台湾人に「村の守り神」について聞くと、城隍神(じょうこうしん)という土地神がいて、その神が担当する都市を戦乱や災害から守ってくれていると言う。彼女の知識の中で、日本の道祖神に近い存在はその城隍神だ。
中国人のほうは、村や都市全体を守る神を知らなかった。彼はその理由をこう推測する。
「『西遊記』って知ってますか? 仏教や道教のいろいろな神さまが出てくる物語で、その中に村や土地を守る神が出てきた気がします。昔は中国にも道祖神みたいな神さまがいたけど、1960年代に文化大革命がはじまって、宗教に関するものは徹底的に破壊されたから、今ではほとんど残っていないんだと思います」
ちなみに、彼は孫悟空の師匠である仙人の菩提祖师(ぼだいそし)も道祖と考えていた。菩提祖師は道教と仏教の両方に精通した聖人だ。
古代中国の伝統が中国では消え、現代の日本に残っているということがたまにある。京都の街なみを見て、10世紀に滅亡した唐の都・長安を連想する中国人は多い。
古代中国の道の神としての道祖は、今では日本の神となった道祖神の中に存在しているかもしれない。
参考
国土交通省HP「道祖神の起源と目的」
山形村観光協会HP「双体道祖神|やまがた村の道祖神」

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