第一次大戦に勝利し、ヨーロッパの中でも「最強クラス」にいた軍事大国のフランス。
しかし、第二次世界大戦がはじまると、フランスはたった6週間でドイツに敗北してしまった。
強国だったはずのフランスが、なんでこんなにあっさり崩れたのか。
節子でなくても、「なんでフランスすぐ死んでしまうん?」と疑問に感じる人も多いだろう。
その大きな理由の一つに、「悪魔合体」があった。
フランスはなぜこんなに早く負けたのか
1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドに侵攻したことで、第二次世界大戦がぼっ発。
その2日後、フランスとイギリスはドイツに宣戦布告し、ドイツ軍を迎え撃つためにフランス東北部に軍を集結させた。
しかし、ドイツ軍と英仏の連合軍は国境でにらみ合ったままで、実際の戦闘は起こらなかった。
そのうち両軍の兵士たちは緊張感を失って戦意も低下し、タバコを交換し合うようなことも行われた。
戦争状態にあって、敵同士が向かい合っているにもかかわらず戦闘が発生しない。そんな奇妙な状態から、「まやかし戦争」と言われるようになる。
しかし、約8ヶ月後にドイツ軍が仕掛けた。

ドイツ軍の「電撃戦」とは
「疾きこと風の如く
しずかなること林の如く
侵掠(しんりゃく)すること火の如く
動かざること山の如し」
戦国時代、武田信玄が以上を意味する「風林火山」という四文字熟語のある軍旗をかかげて戦った。
疾風のように高速で移動し、炎のように激しく攻撃するーー。
ドイツ軍がフランスに仕掛けた「電撃戦」はまさにそんな攻撃だった。
フランス軍は難攻不落(と期待していた)マジノ要塞に立てこもり、ここでドイツ軍の侵入を阻止するつもりでいた。
しかし、ドイツ軍はマジノ要塞を避け、アルデンヌの森を突破して攻め込むことにした。
フランスにとってこの戦法はまったくの予想外。
そんな事態を想定していなかったため、まともに抵抗することもできず、ドイツ軍の装甲部隊の進撃を許してしまった。
攻撃開始から約6週間後、ドイツ軍は6月14日にパリに無血入城し、フランスはドイツの支配下に置かれた。
想定外の連続と「覚せい剤」の使用
とはいえ、フランスが「ポンコツ」だったとは言えない。
アルデンヌの森では磁石が使えなかったため、ドイツ軍の大規模な戦車部隊がここを通り抜けることは不可能だと考えていた。
フランスは第一次世界大戦の手痛い失敗から、防御重視の戦略をとっていた。
マジノ要塞とアルデンヌという自然の要害があれば、ドイツ軍を相手に勝機はあるとフランス軍は判断したのだ。
しかし、ドイツ軍は、フランスが防御に「全振り」していることを知っていたから、その裏をかくことにした。
新型戦車を投入してこの森の突破に成功。
フランス軍にとっては完全な死角からドイツ軍が侵入すると、その後は風のように進撃し、火のように圧倒的な火力で攻め立て、フランス軍を撃破した(ナチス・ドイツのフランス侵攻)。
ドイツ軍の進軍速度もフランスの想像を超えていた。
ドイツは兵士に「滋養強壮剤(いわば覚せい剤)」を服用させ、不眠不休で行軍させた。
フランスは二重三重の意味でドイツ軍に想定を打ち破られ、あっという間にパリを含む北部を掌握されてしまう。
フランス南部はイタリアが占領した。
独伊による「悪魔合体」とその結末
ドイツ軍が行った数々の電撃戦の中でもこれは最大級の「成功例」だ。
それを可能にした要因に、ブレンナー峠での「悪魔合体」がある。
1940年の3月、アドルフ・ヒトラーとベニト・ムッソリーニがこの峠で会談を行い、連携を確認した。
世界史において、この2人のタッグはまさに「悪魔合体」と言っていい。
ブレンナー峠はドイツとイタリアの国境にあり、そこで会うことはヒトラーとムッソリーニの立場は「対等」であることを意味した。
しかし、実際にはヒトラーの力のほうが強かった。
この後、ドイツ軍が電撃戦を開始すると、イタリアもフランスに宣戦布告し南部から進撃。この挟み撃ちで、フランスは降伏に追い込まれた。
イギリス軍もドイツ軍に対抗できず、フランスから全力で撤退するしかなくなる。
フランスの敗北によって、イギリスは孤立状態におちいり、ヨーロッパ全体のパワー・バランスが崩れた。
結果から言うと、この後イギリスはドイツ軍の猛攻を防ぎ、アメリカ軍と「ノルマンディー上陸作戦」を決行してパリを取り返し、ヒトラーを自殺に追い込んだ。

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