華やかなファッション業界を舞台に、鬼のように厳しい上司のもとで働くアシスタントを描いて、大ヒットを記録したハリウッド映画『プラダを着た悪魔』。
その続編が公開を前にして、炎上してしまった。
『プラダを着た悪魔2』の宣伝動画が公開されると、中国やアメリカの中国系コミュニティを中心に「人種差別だ!」といった批判が殺到。
この騒ぎの根本的な原因は、昔からアメリカ社会にあった「反中国感情」だろう。
今回は、その「起点」となる歴史にふれながら、これを深掘りしていく。
中国人を怒らせたもの
『プラダを着た悪魔2』が炎上した原因は「キャラ設定」にある。
劇中に中国系アシスタントの女性が登場するのだが、彼女の描写には、中国人や中国系の人たちを怒らせる以下の要素が含まれていたのだ。
1. 差別用語を連想させる名前
アシスタントとして中国系の女性が登場するが、彼女の名前が「秦舟(チン・ジョウ)」だった。
欧米では中国系の人を侮辱するときに、「チン・チャン(またはチン・チャン・チョン)」という言葉を使うことがある。
これは中国語の発音をやゆした表現で、中国の人たちには差別的に感じられる。
「チン・ジョウ」がこの蔑称を連想させるということで、中国系の人たちの神経を逆なでした。
ちなみに、日本人にとってこれは他人事ではない。
第三者の外国人には見分けがつかないから、海外旅行中の日本人が「チン・チャン」とからかわれることもある。
2.洗練されていない外見
洗練されたファッション業界が舞台にもかかわらず、「チン・ジョウ」はチェック柄の安っぽいシャツを着ていた。
白人や黒人の登場人物に比べてファッションセンスが感じられず、野暮ったい印象を与える。
3. ネガティブなステレオタイプ
劇中には、チン・ジョウが学歴を自慢したり、上司を批判したりするシーンがある。
アメリカ社会には中国系の女性に対して、「自意識過剰で扱いづらい」というステレオタイプ(固定観念)があるらしく、チン・ジョウの言動がそんな偏見をにおわせた。
「過剰反応」では片づけられない理由
制作チームにどんな意図があったか分からないが、中国系の人たちはこうした点から、「意図的に見下している」と反発し、中国ではボイコットを呼びかける動きまで出てきた。
アメリカのエンターテインメント業界では、近年ポリコレがとくに重視され、「多様性(ダイバーシティ)」を強くアピールするようになった。
それにもかかわらず、特定のルーツを持つキャラクターに、侮辱的な響きに近い名前を与え、さえない外見にし、面倒くさい性格に設定した。
それを考えると、この騒動は中国系の人たちの単なる「過剰反応」ではなく、やはりアメリカ社会には今でも根強い偏見があることがうかがえる。
その不幸な始まりは19世紀にさかのぼる。
19世紀:反中国感情の「原点」
16世紀にヨーロッパの宣教師が中国にやってきて、マテオ・リッチが世界地図(坤輿万国全図)を渡すなど、西洋のさまざまな技術や知識が中国に紹介された。
文化での交流はおこなわれていたが、その規模は小さかった。
西洋人が中国と本格的に向き合ったのは、19世紀になってからだ。
18世紀にイギリスで産業革命が起こり、蒸気船が発明されると、ヨーロッパ人はそれに乗ってアフリカやアジアを植民地にしながら、東アジアへ迫ってきた。
当時、西洋における中国人の認識に大きな影響をあたえた人物として、イギリスの政治家パーマストンがいる。
外務大臣だった彼は中国(清)を敵視していて、1804年のアヘン戦争を引き起こした中心人物のひとりだった。
パーマストンは中国文化を「未開(uncivilized)」と見なし、中国に対する否定的で侮辱的な見方が、宣戦布告の決定を左右したという。
He considered Chinese culture “uncivilized”, and his negative views on China played a significant role in his decision to issue a declaration of war.
敗戦と半植民地化、そして「黄禍論」
中国はアヘン戦争に負け、その後の第二次アヘン戦争(1856~1860年)でも敗北したことで、欧米社会では中国を軽視する風潮が一般的なものとなっていった。
それでも中国には広大な面積と人口があり、西洋側は中国を「眠れる獅子」と呼び、その潜在能力を恐れていた。
しかし、巨象は「虚像」であったことを証明したのが日本だ。
日清戦争(1894〜1895年)で日本が清を撃破したことで、西洋列強は中国を完全に見下し、半植民地状態にした。
そんな情けない政府に人民が激怒し、辛亥革命によって1912年に清王朝は滅亡する。
19世紀の後半、清朝政府が力を失い国内に混乱や貧困が広がると、安定した生活を求めて海外に移住する者(華僑)が続出した。
欧米の半植民地の状態におかれたことで、ある意味、海外へは行きやすくなっていたのだ。
しかしアメリカでは、中国人や日本人が白人社会に害を与えるという「黄禍論(こうかろん)」が登場した。
その結果、1882年に中国人排斥法が制定され、中国人の労働者や移民の流入は禁止され、彼らに対する差別感情は強まっていった。
コロナ禍:アメリカで激化した中国人差別
アメリカの反中国感情について記憶に新しいのが、新型コロナウイルスのパンデミックの際に噴出した露骨な差別行為だ。
ウイルスの発生源が中国であったという噂が流れ、当時のトランプ大統領は「中国ウイルス(China virus)」や「カン・フルー(Kung flu)」と悪意のある呼び方をした。
※「カン・フルー」とは、カンフーとインフルエンザ(Flu)を合わせた言葉だ。
SNSでは中国を敵視する投稿があふれ、アメリカ国内では反中国感情が増大し、激しい差別行為が発生した。
中国・日本・韓国のアジア系の人たちがこのヘイトクライム(憎悪犯罪)のターゲットになったのだ。
ある人は地下鉄で刃物で顔を切りつけられ、別の人は道を歩いていたら突き飛ばされ、後に死亡した。
日系アメリカ人の女性は街中で、石をつめた靴下で顔面を殴られ、鼻の骨が折れ、歯も砕けていた。

当時、トロントに住んでいた中国系カナダ人の話では、カナダでもアジア系の人たちに対する差別はあった。
でも、アメリカであった差別行為は暴力的で数も多かったから、「わたしはカナダに生まれて本当に良かったです」と話していた。
潜在的にある「反アジア感情」
しかし、アメリカ国民の間で急に「反アジア感情」が高まったわけではなく、「もともと偏見を持っていた人たち」が、パンデミックを口実に、その偏見を公然と行動に移すようになったという見方もある(Anti-Chinese sentiment)。
『プラダを着た悪魔』の炎上事件の背景にも、これと同じ構図があっただろう。
アメリカ社会の根底には、もともと中国人に対するステレオタイプがあった。
制作チームの中に無意識にそんな「悪魔」がいて、想像していなかった形で表面化してしまったのだろう。

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