20年ほど前、タイを旅行しているとき、バックパックの目立つところにカナダ国旗を縫いつけている旅行者と出会った。
「コイツ、どれだけカナダが好きなんだよ」と思ったら、それは半分以下しか合っていなかった。
たしかに彼はカナダを好きだったが、国旗をアピールしている理由はそれよりも、「アメリカ人と間違われたくない」ということのほうが大きかったのだ。
見た目でカナダ人とアメリカ人を区別することは、本人たちでもできない。
世界的にアメリカの影響力は大きいから、現地の人や旅行者が「あなたはアメリカ人ですか?」と聞いてくるだけでなく、「彼はアメリカ人だろう」という前提で話しかけてくる人もいる。
彼はそんな反応に「イラッ💢」とすることが何度かあったから、「誤解防止」のためにメイプルリーフをアピールしていたのだ。
アメリカ人とカナダ人は、第三者からは同じように見えても、両者の性格や価値観は対照的だ。
ネットで調べると、よく次のような違いが書かれている。
アメリカ人: 自己主張がはっきりしていて、個人的な成功や競争を肯定的に考える。
カナダ人: 控えめで礼儀正しく、集団の調和を尊重する。
もちろん、これは個人差を抜きにした全体的な傾向の話だ。

「勘違いしないでね!」
「フリーマン」という名前に込められた歴史
さて、知人にニューヨーク在住のアメリカ人がいる。
彼は50代の黒人男性で、ここでは仮に「フリーマン」と呼ぶことにしよう。
実際、アメリカには「フリーマン」や「フリードマン」という名字をもつ人がいる。
奴隷制度があった時代、一般的に黒人奴隷には名字がなかった。
しかし、解放後に名字をもつ必要にせまられ、新しく自由を手に入れた人間という意味で「自由人(フリーマン)」と名乗る人たちがいたのだ
※参考:Surnames for African-Americans – Former Slaves
フリーマンは自分が黒人であることに強い誇りを持っていて、かつて先祖を奴隷として扱った白人には厳しい見方をしている。
そんな立場の彼に、アメリカ人とカナダ人の「気質」と、その違いが生まれた理由について話を聞いた。

逃亡や手抜き仕事をさせないため、主人に「奴隷の鈴」を付けられた女性

カナダ人とアメリカ人の「気質」の違い
ーー最近、カナダ人から「アメリカ人とカナダ人の違い」を聞いたんだ。
彼に言わせると、カナダ人は控えめで、アメリカ人はポジティブ(積極的)だという。
フリーマンはこの見方は合っていると思う?
フリーマン: カナダ人については賛成だ。
俺にはカナダ人の親友がいるし、何度もカナダへ行ったことがある。ニューヨークから近いからな。
彼らはたしかに「ナイスピーポー(いい人たち)」だ。
でも、アメリカ人はポジティブというよりは、アグレッシブ(攻撃的・強引)だね。
カナダ人は控えめな性格をしているが、アメリカ人は雑で乱暴なところがある。
ーーどういうところでそれを感じる?
フ: たとえば、カナダの人たちは賢いから、選挙で外国と戦争をはじめるような人物を選ぶことがない。
アメリカが今年に入ってから、ベネズエラやイランに攻撃を仕掛けていたのは知っているだろう?
カナダ人はそんなふうに、「力」で他人を服従させようとはしない。
ーー国の代表には、国民の価値観や考え方が集約されているのは間違いない。
戦後になってからアメリカは、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争と何度も大規模な軍事行動をしてきた。
「好戦的」なところにも、自己主張と調和という違いが表れているのかもしれない。
国民性を形作った「奴隷制」という歴史
ーーで、フリーマンは、なんでそんな考え方の違いが生まれたと思う?
フ: その理由は歴史を見ればわかる。
アメリカでは奴隷制が広く存在していたが、カナダの社会に黒人奴隷が少なかった。
ーーだから、カナダはアメリカほど人種差別がひどくないのか。
中国系のカナダ人が「コロナ禍のとき、アメリカにいなくて本当に良かった」と言っていた。
当時、アメリカではアジア系というだけで襲われることがあったから、カナダみたいに安心して街中を歩けなかったと。
フ: 人種差別はアメリカ社会の「ガン」だ。
その大きな原因は、かつて白人が圧倒的な「力」で奴隷を支配していたことにある。
奴隷制度そのものはなくなったが、今でも白人の中にはその「力で支配する」という考え方が根強く残っているんだ。
ーー歴史の違いが「力」への信仰や、「アメリカ人=傲慢、カナダ人=謙虚」という国民性の違いにつながったとフリーマンは考えている。
フ: その通りだ。間違いないね。

戦国時代の末期、日本にも黒人がやって来たが、自発的ではなく「主人」である白人に連れられて来た。
日本の歴史と国民性への視点
フ: ところで、奴隷制度は日本にもあっただろ?
それはいつまで続いていたんだ?
ーー古代の日本には「奴婢」という奴隷身分があって、社会制度に組み込まれていた。
でも、10世紀に廃止令が出されたから、一応その時に解放された。
といっても、それは形式的なものだったかもしれないし、そもそも日本とアメリカの奴隷制度は「中身」が違っていたけど。
フ:マジかよ、アメリカで奴隷制が廃止されたのは19世紀後半だぜ。
ーーそれ以降の日本では、戦いで捕まえた人間を売るようなこと(乱取り)はあったけれど、社会的な制度としての奴隷はいなかった。
少なくとも、市場で牛や豚と一緒に人間が売られているような光景が「日常風景」にはなっていなかった。
フ: なるほど。
日本人がカナダ人より控えめな理由が分かったよ。
ーーこっちも同じだ。
アメリカが戦争を何度もはじめたことは知っていたけど、「力で他人を服従させる」という考え方が奴隷制度の歴史に由来するとは、まったく想像していなかった。
※戦国時代、ヨーロッパ人が日本人を奴隷として海外で売っていて、それを知った豊臣秀吉が激怒した。これが後のキリスト教禁止令につながった。


コメント
コメント一覧 (6件)
おそらく、世界で最も長く奴婢制度が続いた国は韓半島でした。
歴史的に誰も奴婢制度の廃止を主張したことはなく、甲午慶長(1894年7月)の際に奴婢制は廃止されましたが、実際に廃止されたのは韓日合併の頃に日本によって実施された民籍法を実施した時からです。
当時の日本は、姓も名前もなかった奴隷たちに姓と名前を付けるよう指示し、全員を大韓帝国の国民として登録しました。現在の韓国では、金氏、李氏、朴氏という三つの姓が全人口の約45%を占めるという非常に例外的な構造が、そこから始まっています。
朝鮮でも奴隷制度が長く続いていましたが、アメリカとは事情が違ったと思います。
市場に鎖でつながれた奴隷がいて、購入者が歯ぐきなどを確認し、健康そうな人間を買うことは日常風景になかったでしょう。
今でもアメリカはその歴史に苦しんでいます。
もちろん、アメリカほどではありません。
しかし、簡単ではありません。
朝鮮の奴婢は動産として扱われました。相続、売買、贈与が行われました。名前は物と動物のものでした。結婚は可能でしたが、子供を産むとその子が奴婢の主人によって他の家に売買される可能性がありました。すべての法的権利は剥奪されました(名目上の法的権利はありましたが、実質的には無効です)。
女性奴隷(婢)の場合、主人によって性的搾取の対象となっていました。奴婢の身分は無限に世襲されました。彼らは人間として扱われませんでした。
>相続、売買、贈与が行われました。名前は物と動物のものでした。
これは知りませんでした。
アメリカでは奴隷を「ヘッド(頭)」と動物と同じ数え方をしていたといいます。
朝鮮時代もこの状態に近かそうみたいですね。
朝鮮では奴婢を数える単位が「口」でした。
獣に1人、2人、1名、2名とは言えなかったでしょう。その奴隷たちの恨みはなんと518年間も続き、これを完全に解決した主体が韓国人が悪魔と定義する日本であるというのが歴史の皮肉です。
>これを完全に解決した主体が韓国人が悪魔と定義する日本であるというのが歴史の皮肉です。
SNSでこう話す韓国人がいました。しかし、彼は徹底的に攻撃されました。
今の韓国社会では、こんなことを話すのは危険みたいですね。