まえに日本の学校で英語を教えていて、いまは母国に戻って病院で働いているアメリカ人女性ときょねん話をした。
そのころのアメリカ社会カオスの真っただ中で、国民が二つに分かれてモメにもめていた。
女性が人工中絶をする権利を認めた1973年の判決(ロー対ウェイド判決)を最高裁判所が破棄したことで、人工中絶を認めるかどうかは各州の判断にまかされることとなる。
中絶手術を受けることは女性の「権利」か、それとも「殺人」か?
これをめぐって米国民は大分裂して、大きな議論になっていたころにその女性から話を聞くと、
「ここ最近、アメリカ人の自己主張の激しさ、独善性、排他的な態度には心底ウンザリしている。ほんとヤダ」
とグチをこぼす。
人工中絶のほかにも銃規制をめぐって、賛成/反対に分かれて人々がいがみ合っていたし、コロナ禍がひどかった時には、政府当局がマスクを着用するよう訴えると、「政府は個人の自由や権利を侵害するな!」と反対のデモ活動を行う人たちが出てきた。
病院に勤める彼女としては、いまは外出する時はマスクを着けるべきと考えていたから、こういう非科学的なことを叫んでジャマする連中はまさに大・迷・惑。
人工中絶、銃規制、マスク着用に反対する人たちは、トランプ前大統領が所属する共和党の支持者に多い。
その3つに賛成する人たちは、バイデン現政権の民主党支持者に多い。
コロナ禍という国家の一大事の時でさえ、国民が一致協力することのできないアメリカ社会には本当にあきれるし、嫌気がさす。
とはいえ、どんなにクダラナイ意見でも、それを主張する権利は絶対に認められるというのがアメリカ社会のすごく良いところだから、彼女はジレンマにおちいっていた。
それぞれの人が言いたいことを自由に言い合える多様性は大事だが、その反面、分裂を生み出し憎悪をつくり出すというデメリットがある。
アメリカ社会のダークサイドがあらわになっていた時期に話をしたから、「日本は本当にいいよね~」とため息をもらす。
マスク着用に反対して抗議活動をする人たちもいたけれど、アメリカに比べたら、”無風”と言っていいほど少ない。
同じようにコロナに襲われていても、日本では患者や死者数の少ない理由として米メディアは、外出時のマスク着用やワクチン接種率の高さを指摘して、国民の団結や協力を強調したらしい。
その反対のアメリカでは死者数がとんでもないことになっていて、病院は修羅場と化していた。
コロナの被害を少なくできたのは、自分の自由や権利を大声で叫ぶことより、周囲に配慮して行動する日本人の国民性のたまものだという見方にそのアメリカ人も賛成する。
日本の学校教育を見ていて、生徒の個性は弱いけど、集団になるとすごくまとまって、効率的に動くことには彼女も感心したらしい。
そんな話から、「国民をまとめるモノは何か?」という話題に移る。
日本では歴史、伝統的には天皇の存在が大きい。
1868年に明治新政府と旧幕府側との間で戊辰戦争が始まっても、旧幕府側が江戸城を無血開城して両軍による首都決戦を回避できたのも、立場は反対でも、天皇に対しては同じように敬意を持っていたからだろう。
その後の明治政府も天皇を威光を利用しながら、国民をうまく統治して、植民地化の危機にあった日本を世界5大国のひとつにまで押し上げた。
一方、知人のアメリカ人が必死に考えても、アメリカにそんな存在は見当たらない。
「合衆国建国の父」のひとりで、1ドル札のデザインになっているジョージ・ワシントンは奴隷を所有した大統領だったから、批判する人も多い。
(2021年にサンフランシスコ市は奴隷のオーナーだったことを理由に、「ワシントン」と名付けられた公立学校の名称を廃止することを決めた。)
彼女が思うに、アメリカ国民が共通して尊重するのは人物ではなくて、「自由と権利」といった理念になる。
でもいま米社会が分裂しているのは、それが重視されている結果だから頭がイタイ。
これでは国民がまとまるわけない。
「アメリカにはいろんな人種や宗教の人がいるから、一つにはなれない」と言う彼女に、別のアメリカ人から聞いた話をしてみる。
アメリカ国民は基本バラバラだけど、約30年の彼の人生のなかで一度だけ、2001年9月11日に「アメリカ同時多発テロ事件」が起きた時だけは、全国民が一つになったと感じた。
テロ組織・アルカイダのメンバーが飛行機をハイジャックし、アメリカを象徴するワールドトレードセンターのビルに激突させて、その他のテロも含めて約3000人の犠牲者を出す。
テロ事件が起こる前のワールドトレードセンター(ツインタワー)
飛行機が激突し、炎上するツインタワー
そんな話を聞いた彼女は「たしかに!その時は『対テロ』でアメリカ国民はまとまったし、それに続く戦争でもみんな団結していた!」と共感する。
その話で思い出したことがあると言う。
あの後、スターバックスが「Collapse into Cool」キャンペーンをした際、2つの飲み物にトンボが突っこんでいくように見えるポスターが同時多発テロを連想させると炎上したという。
「『対コロナ』でも分裂したし、テロや戦争の時にしか国民が一つになれないというのは本当に悲しい。この点は日本がうらやましい」という意見にはボクも共感するしかない。
つい最近、中国側が「気象観測用」と主張する気球が、アメリカの領空内に入ってきて大問題になった。
アメリカ側はそんな話をガン無視して、この気球を戦略的拠点を監視するための「偵察用」と見なし、ミサイルで撃ち落とした。
この気球については、共和党も民主党も「撃ち落とせ!」で意見は一致している。
やっぱり安全保障でなら、アメリカはまとまることができらしい。
反対に日本ではこんな時、「撃墜すべき!」「いや、武器を使うな!」と意見が二つに分かれる予感。
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