ことしは先の大戦が終わって80年になる。
中国側から見ると「抗日戦争勝利80年」という記念の年になり、政府はそれをアピールして国民の愛国心を高めようとしている。日本人としては、その中身に無関心ではいられない。
国内では「南京事件」や「731部隊」をテーマにした映画が公開されるため、読売新聞は社説「中国の反日宣伝 関係修復の流れに水差すのか」(2025/08/19)で次のような懸念をしめした。
「中国国民の反日感情を刺激するのは避けられないだろう」
「反日感情を煽る内容も目立っており、日中関係への悪影響を憂慮せざるを得ない」
最近、中国では日本人が襲われる事件が何度も起きている。反日感情が高まることで、現地の日本人社会では不安が広がっているという。
中国政府も昨年あたりから「対アメリカ」の観点で、日本との関係を改善しようとしているから、在中邦人の安全を確保しつつ、「抗日戦争勝利80年」を祝うつもりなのだろう。
国家間のことは政府にまかせるとして、今回は静岡の大学で学んでいる20代の中国人男性から聞いた話を紹介しよう。トピックは、日中の共有財産である漢字についてだ。
ーー相変わらず、君は日本語の勉強を頑張っているのかな? 前に日本語を学んでいるインド人やカナダ人が、「中国人は漢字を学ぶ必要がないから“チート”だ」と文句を言っていたけれど。
それは半分正解です。日本語と中国語では同じ漢字でも意味が違うことが多いので、「なんでそうなった?」って戸惑うことがよくあります。
たとえば、「勉強」という漢字は中国語では「学習」を意味しません。「嫌がる相手に無理やりやらせる」というネガティブな意味になります。
最近、衝撃的だった漢字は「怪我」です。中国語で「怪我」には、「自分の責任を認める」とか「相手のミスを非難する」といった意味があります。
ーーそれは聞いたことがある。たしかに「ケガをする」の場合は、中国語の「受傷」のほうが分かりやすい。なんで日本では「怪我」と書くのか、ボクにもさっぱり分からない。
じゃ、コレについてはどうかな?

ーー前に台湾人と日本の食堂に行ったら、「南京の煮物」があったから、台湾人が金縛り状態になってしばらく見つめていた。君はこれを見てどう思う?
二度見は避けられませんね。意味不明すぎて。
「南京」は、かつて王朝の都があった歴史と伝統のある都市で、現代では江蘇省の省都になっている中国の重要都市のことですよね?
それとカボチャの煮物とどんな関係があるのか、さっぱり分かりません。
ーー昔の日本では、中国の南京とは関係なく、外国から伝わったものにやたらと「南京」を付けて呼ぶことがあった。カボチャを「南京」と呼ぶのもその名残で、ほかにも南京錠や南京豆、南京虫がある(南京市)。
それだけ日本人にとって南京は有名で、影響力も強かったってことだよ。
でも、それは南京をリスペクトしているのか、それともディスっているのか分かりませんね。
「南京虫」が気になったので調べてみたら、これはベッドバグ(トコジラミ)のことじゃないですか。中国人が害虫を「京都虫」って呼んでいたら、日本人は気分を悪くしますよね?
ーー誇り高き京都人は絶対に許さないだろうね。でも、水虫のことを中国語で「香港脚」って言うよね? 知人の香港人はあれに「失礼だ」と怒っていた。
まぁ、それは中国内のことですから。
文字を見て「南京を煮て食べる」とイメージすると、特にそれが日本だと、侮辱されたと感じて怒る中国人がきっといます。
ーーその組み合わせは、中国人的には最悪というか、悪夢だな。
日中戦争の南京事件(中国では南京大虐殺)は、中国人なら誰でも知っている常識だから。南京の煮物を見て、「虐殺」を連想する日本人はまずいないけど。
※中国の人たちは「南京事件」にとても敏感だ。
名古屋の前市長・河村氏が「いわゆる大虐殺はなかった」と発言したことで、名古屋と南京市の関係は終了した。現在の名古屋市長は関係改善に意欲を示しているが、なかなかうまくいかない。
ーーじゃあ、これはどうかな? 台湾のパイナップル売り場に「自殺 50元」と「他殺 60元」と書いてある。これこそ日本人には意味不明だ。
自殺は「自分でパイナップルの皮をむく」で、他殺は「店の人にむいてもらう」という意味ですね。
ーーさすがは漢字の民、一瞬で分かるんだ。やっぱり中国人と台湾人の漢字感覚は同じだったか。
中国でもパイナップル屋にこんな漢字を使う?
見たことないです。
中国で私がパイナップルを買った店では、いつも無料で皮をむいてくれたから、こんな言葉は必要ないです。台湾では有料なんですか、ケチですね。
パイナップルをリヤカーにのせて売っている移動式の「店」だと、値段は安いんですが、おじさんは「刃物がない」と言って切ってくれませんでした。自分で切ったら、手首をひねって痛めてしまいましたよ。
私の経験では「無料」か「自殺」です。
ーー文字だけを見るとすごい二択だ。どんな選択を迫られているのか分からない。
日本だと、店で魚を買うとよく無料でさばいてくれるけど、パイナップルの「皮むきサービス」なんて聞いたことない。
でも日本なら、お店に「殺」なんて言葉は禁句中の禁句だけど、中国人的にはOKなの?
感じ方は個人によって違いますけど、わたしなら「ユーモア」の範囲内にあります。
ーー日本なら客がドン引きして、店の売り上げが下がりそうだけど、台湾や中国では逆に、これが受けてアップするのかな。

中国の漢字界でラスボスレベルに難しい漢字、(ビャン)
日本人と話をしていると、漢字の話題になることが多くて、日本人に教えてもらうこともあるんですよ。
ーーそれはいいね。たとえば?
わたしは「原因」や「理由」を、ずっと英語の「リーズン(reason)」として使っていました。どっちも同じ意味だと思っていたんです。
でも、ある日本人から、「原因」はもっと直接的な要因を指して、「理由」は背景とか広い意味で使うと聞いて、目からウロコが落ちました。
ーー日本語で「まじ」を漢字変換すると「本気」になって、「わけ」を漢字にすると「理由」になる。原因はピンポイントだけど、理由はそうなった過程や経緯をカバーしているイメージがあるな。
日本人と中国人は漢字の話をすれば、お互いにとって面白いし、タメになる。
同感です。でも、「南京の煮物」はどうなんですかね。「自殺/他殺」よりも、中国人にはこっちのほうが刺激的だと思います。

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